帰り道を通りながら
曹操の命により、全軍は撤退の準備に取り掛かった。
船で江陵に行くかと思われたが、程昱が陸路で帰還する様に述べた。
「既に疫病に罹った者が出ております。まだ罹っていない者達の中にも出てくるかもしれません。船で江陵に帰れば罹患する者達が増すかもしれません。陸路であれば、罹る者は出るでしょうが船内に居るよりも多くは無いでしょう」
その提案を聞いて、曹操も一理あると思ったのか陸路で帰還する事に決めた。
その夜。
兵達が撤退の準備を行っている中、曹昂は諸葛亮と共に陣地を歩いていた。
「孔明先生。面白い物が見れると言うので歩いているが、それは何時頃見えるのかな?」
曹昂の問いに諸葛亮はふっと笑みを零した。
「もう少しお待ちを。さすれば、面白い事が起こります」
諸葛亮が勿体付けた様に言うのを聞いて、護衛の孫礼は焦れていた。
曹昂は何が起こるのか楽しみとばかりに笑っていた。
すると、西北に吹いていた風が不意に止んだ。
暫し凪となった後、東南から風が吹き出した。
「旗が先ほどまで逆に揺れている」
「風向きが変わりましたな」
陣地に掲げられている旗が先ほどまで逆に揺れているのを見て、曹昂達は風向きが変わった事が分かった。
「天文を見ました所、今日この日に東南の風が吹く事が分かりました。ですのでお見せしようと思いました」
「ほぅ、これは面白いな。もし周瑜がこの風が吹く事を知っていれば、火計を仕掛ける事が出来たであろうに」
「ええ、その通りです。まぁ、周瑜は揚州の者ですから、この荊州の土地勘は無いでしょうから知らぬも仕方がない事でしょう。まぁ、先に布陣した時に、この地に暮らす者達から話を聞いていれば、この時期に風が吹く事を知る事が出来たでしょうが」
「ははは、そうだな。しかし周瑜は何故調べなかったのだろうな?」
「水上戦に自信があるから、聞かずとも勝てると思ったのでは?」
「成程。そういう事であれば納得できるな。はははは」
東南の風が吹くのを見ながら、曹昂達は笑っていた。
数日後。
曹操軍は陸路で江陵への帰路に着いた。
疫病に罹った者達は、何も荷を乗せていない馬車に乗り込ませて最後尾にしていた。
先頭を行く曹操は道々を歩きながら、何かを考えていた。
やがて、馬を休ませるための休憩を取ると、荀攸と郭嘉を呼んだ。
呼ばれた二人は、曹操の元に来るなり一礼すると、曹操が口を開いた。
「此処まで道のりを見て、二人はどう思った?」
曹操の問いを聞いて、郭嘉達はその意味を理解するのに少しだけ時間がかかったが分かった。
「そうですな。森も多く人が隠れるのに絶好な所が多くありましたな」
「江陵に着く前の道にも、華容という道があるそうですが。此処までの道を考えますと、兵を伏せるのに良い土地と思います」
郭嘉達の話を聞いて、曹操もさもありなんと頷いた。
「うむ。もし、この戦で敗れれば船は失ったであろうからな。陸路で江陵まで帰還する事になったであろうな。もし、劉備が周瑜と手を結んでいれば、待ち伏せて我らに襲い掛かったであろうな」
曹操の予想を聞いて、郭嘉達も同意とばかりに頷いた。
「ですが。劉備は周瑜と手を組まず、戦は我らの勝ちとなりましたので、その様な事は起こりませんでしたな」
「確かにそうですな。そう言えば、劉備はどうして此度に戦に参戦しなかったのでしょうな。そうすれば、夏口を抑える事が出来たはずです。それにより周瑜はすんなりと撤退出来たでしょうに」
「劉備の事だからな、周瑜が勝てば協力し負ければ揚州を切り取るつもりで中立になったのかもしれんな。まぁ、本当の所は分からんがな」
曹操は推察したものの実際劉備はどう考えているのか分からなかった。
「話に出ました劉備ですが。どうされます?」
「ふむ。そうだな。許昌に帰った時に、荀彧と共に考えるとしよう」
曹操がそう返事をするのを聞いて、郭嘉達も妥当と思い異論は無かった。
やがて、休憩が終わり再び進軍を開始した。
進軍し続けると、華容という分かれ道にぶつかった。
どちらの道を進んでも江陵には行けるので、問題なかった。
曹操はその道を見るなり「儂ならば、こうするか。いや、敵もそうなる事を見越して」とブツブツと呟いていた。




