もう他にありません
曹操に呼び出されて、程昱達がその元に来た。
だが、その中に曹昂の姿は無かった。
「うん? 子脩はどうした?」
「我らも分かりません」
程昱が答えるのを聞いて、曹操はどうしたのだろうと思っていると、曹昂が一人の男を伴い来た。
「遅れてしまい申し訳ありません」
「良い。それよりもどうした?」
「此処に来る前に、蔡瑁殿が送って来た使者と会いまして、丁度父上に伝えたい事があると言うので共に来ました」
「蔡瑁の? 何があったか?」
「はっ。蔡瑁様が周瑜率いる水軍を追撃し捕捉し交戦したのですが」
男は周瑜が火計を仕掛けた事で、率いていた船団が全て燃えたが、その残骸が河を埋めてしまい揚州に行く事を困難にしていると報告した。
「何だとっ⁉ つまりその残骸を取り除かねば、儂らは水路で揚州には行けないというのか!」
「は、はいっ。今も蔡瑁様が残骸の撤去を行っておりますが、船の行き来が出来る様になるまでは、半月は掛かると思われるそうです」
「ぬうううっ、周瑜め。悪あがきをっ」
曹操は報告を聞くなり憤っていたが、直ぐに程昱を見た。
「赤壁から陸路で行くというのはどうだ?」
「烏林から赤壁まで、船で兵を運び其処から陸路となりますと、兵糧の減りが増えます。今は十分にありますが、陸路で進むとなると揚州に着く前に尽きるかもしれません」
「そうか。しかし、船の残骸が撤去出来るまで、この地に留まる事はできん」
曹操は其処で陣内に疫病が蔓延している事を程昱達に告げた。
それを聞いた程昱達はどうするべきか考えた。
「・・・・・・父上。陣内に疫病が蔓延し揚州に進む事が困難になったのであれば、取れる手段は一つしかありません」
「それは一体なんだ?」
「撤退です」
曹操の問いに、曹昂は何の躊躇もなく平坦な声で答えた。
「撤退だと‼ 何故戦に勝った儂らが撤退せねばならんのだ!」
曹操の怒号を聞いても、曹昂は平静であった。
「水路で行こうにも船の残骸により行く事は当分無理なのです。その上、陸路で進むとなれば兵糧が尽きる可能性があります。其処に加えて陣内に疫病が蔓延している事から、撤退するべきだと思い述べました」
「戦に勝ったというのに退ける訳が無かろうっ」
「いえ、父上。それは違います。戦に勝ったからこそ退く事ができるのです」
「どういう意味だ?」
曹昂の言葉の意味が、曹操達には分からず首を傾げていた。
「この戦で、降伏に反対していた者達の首魁であった周瑜は死にました。敵も此度の敗戦で士気が下がり、我らと戦おうとする気概は無くなったでしょう。我らが柴桑に向わずとも、孫権は我らに降伏するでしょう」
「そう思うか?」
「というよりも、家中で残っている者達は降伏派の者達しかいませんから、自然と降伏すると思います」
「ふむ。では、孫権は改めて降伏の証しを送ってくると思うか?」
曹操が述べる降伏の証しとは二喬の事だと、蔡瑁が送った使者以外の皆は直ぐに分かった。
だが、敢えて口にする事は無かった。
「・・・・・・父上の考え通りだと思います」
「そうかっ。であれば、無理に攻め込まなくても良いか。追い詰めて窮鼠になっても困るからな。周瑜の様に悪あがきをされては敵わんしな。はははは」
曹操は一頻り笑った後、蔡瑁が送って来た使者に労いを言葉を掛け「儂らは許昌に撤退する故、引き続き残骸の撤去に励むように」と言うのであった。
その後、全軍に撤退を命じられた。




