勝利の余韻にひたる事が出来ない
周瑜の船に火が放たれた頃、蔡瑁軍の兵達は最早勝利したと思ったのか、船団の船に乗り込んで略奪を始めていた。
船底まで行き、探していると別の兵が駆け込んできた。
「おい、やばいぞっ。船に火が付いたぞ!」
「はあ? 誰が火をつけたんだよ⁉」
「知るか。早く逃げるぞっ」
「おい、押すなっ⁉」
兵達は火が付いたと聞いて、錯乱しつつ逃げ始めた。
だが、兵達が逃げ込む前に接弦していた蔡瑁軍の船が距離を取り離れてしまった。
それを見た兵達は河に飛び込んで、泳いで船に拾って貰った。
だが、多くの兵が火に焼かれてしまった。
燃えている船団を見て、蔡瑁は憤っていた。
「おのれ、周瑜。悪あがきをっ」
敵の火計により、多くの兵を失った事を憤っている訳では無かった。
船団が燃えている所が問題なのであった。
河の真ん中と言っても良い所で燃えた事に憤っていた。
船団は今は燃えているが、その内鎮火するので問題は無かった。
だが、燃えた船団が鎮火すれば、残るのは船の残骸や瓦礫であった。
河の真ん中にその様な物を残されれば、船の行き来が出来なくさせた。
どれだけ残骸が残るか分からなかったが、船の数から数えてもかなり残ると予想できた。
その残骸を撤去しなければ、曹操軍は船で揚州に行く事は無理であった。
それが分かる蔡瑁は憤っていた。
同じ頃。
陸路を進む武装した集団が居た。
その集団が掲げている旗は、孫の字の他に、董や呂などの字の旗もあった。
皆汚れており、傷ついていた。
その集団の先頭にいるのは董襲であった。
集団に向って、騎兵が駆け込んできた。
「董将軍、董将軍は何処にっ」
騎兵が大声で述べると、声が聞こえたのか董襲が軍の足を止めた後、列から外れてその騎兵の下に来た。
「わたしは此処だ」
「将軍。ご命令通り、周将軍率いる船団がどうなったのかご報告します」
兵は馬から降りて膝をついた。
「・・・報告を聞こう」
「はっ。周将軍率いる船団は蔡瑁率いる水軍と戦いましたが、船団に火が放たれました。蔡瑁軍の兵の多くを火に包みました。周将軍は脱出しておりません。恐らく、火に包まれたと思います」
「・・・・・・周瑜殿」
兵の報告を聞いて、董襲は目に涙が出そうになったが、乱暴に拭い抑えた。
最後の軍議で周瑜が提案した策が金蝉脱穀の計であった。
船で綱で繋ぎ、必要最低限の人数だけで船を動かして敵の目を引き付けて、董襲率いる軍は陸路で揚州に逃げるという策であった。
『此度の敗戦の責を取る為、船団はわたしが率いる。董将軍、兵達を揚州までお任せする』
その策を聞いて、董襲だけではなく他の諸将も反対した。
しかし、どれだけ説得しても周瑜は聞かなかった。
董襲達は根負けして、その策に従う事にした。
主君を蔑ろにする行いをしたものの、周瑜は長年共に戦った戦友である事には変わりなかった。
戦友を失った事に、董襲は悲しみを抑えきれなかった。
涙を流しながら、全軍に周瑜の死を伝えた。
将兵皆、周瑜の死を悲しんでいた。
蔡瑁が憤っている頃。
烏林にある曹操軍の陣地に居る曹操にある報告が齎された。
「なにっ、疫病に罹った者が出た⁉」
「はっ。疫病に罹った者達は既に隔離しましたが、このままでは他の兵達にも出てくる可能性もあります」
「ぬううっ、これから揚州に向おうという時だというのにっ」
従軍している薬師の報告を聞いた曹操は憤っていた。
これからどうするか意見を聞こうと、程昱達を呼んだ。




