勝敗が決した以上
暫くすると、兵が縄を打たれた黄蓋を連れて来た。
傷が手当された跡があり、水の中に落ちた為着ている服や髪が濡れていた。
加えて、厠の中に居たからか少々鼻に着く匂いがしていた。
「・・・・・・久しいな。黄蓋」
その場にいる皆が少し顔を顰めている中、曹操は平然としながら声を掛けた。
「・・・曹操殿もご壮健そうで何よりです」
黄蓋が返事をすると、田豊を含めた周りの者達は眉を顰めた。
曹操は官職に就いているが、黄蓋は正式に朝廷から官職に就けられていなかった。
だから、この場合礼儀上丞相と言うのが正しかった。
丞相と言わず、曹操殿と言うのは礼儀に無視しているから、皆眉を顰めるのであった。
「ふっ、この状況で儂をそう言うとは、豪胆な事よ。勝敗は分かっているのか?」
「無論。我が軍の負けだ。ならば、この首を取るがよい」
黄蓋は頭を垂れて目を瞑った。
「勝敗は兵家の常だ。だが、戦に破られる度に将が首を切れば、この世に有能な者は居なくなる。お主は此処で殺すにはあまりに惜しい。どうだ? 我が軍門に下らぬか? その才に見合った職を就けてやるぞ」
曹操は優しい声で、説得を始めた。
話を聞き終えた黄蓋は顔を上げて目を開けなり、曹操を見た。
「・・・ふぅ、儂は大殿である孫堅様の志に惹かれてお仕えした。孫堅殿から受けた恩義は泰山よりも重いのだ。例え、そちらから大恩を与えられようとも、儂は大殿に対しては不義理を働く事はせん」
「惜しい。お主は此処で殺すのは実に惜しい人材だ。孫権も最早戦う余力など無い。主君よりも先に寝返ると考えるのはどうだ?」
「その様な甘言に従う気持ちはない。さぁ、この首を取るがよい」
曹操は説得を続けるが、黄蓋は頑として聞かなかった。
「どうしても応じないというのか?」
「最初からそう申している」
黄蓋が説得に応じないのを見て、曹操は説得を止める事にした。
「惜しい事よ。仕方がないか。だが、その前に一つ聞きたい」
「何か?」
「陶謙の墓が何処にあるのか知っていると聞いているが、何処にあるのだ?」
「それは」
曹操の問いに、黄蓋はすんなりと答えた。
「そうか。それだけ聞ければ十分よ。さらばだ」
「持てる才を全てを使い、戦に挑み負けたのだ。此処で首を斬られる事に悔いは無い」
曹操が手を振ると、兵は黄蓋を立たせて連れて行った。
程なく、黄蓋は刑場の露と消えた。
同じ頃。
夏口へと逃げている周瑜軍は、蔡瑁の追撃を辛くも逃れる事が出来ていた。
船を陸地に着けて、兵の治療や船の補修を行っていた。
そして、陸地で陣を張り、天幕を作りその内の一つで軍議を開いていた。
「船も多く失い、兵も多くが討たれるか捕縛されました」
「生き残っている者達も、負傷者が多いです。また戦となれば、戦えるかどうか分かりません」
「ぬ、ぬうう、まさか、このわたしが水上戦で敗れるとは」
周瑜は青い顔で報告を聞いていた。
得意の水上戦で負けた事に衝撃を受けており、打ちひしがれていた。
「周将軍。このまま夏口に向っても、敵が待ち受けているであろう。そうなれば、我らは挟み撃ちという事になるぞ。どうするのだ?」
董襲の問いに、周瑜は暫し黙った。
「・・・・・・船を捨てて、陸地に逃げたとしても敵の追撃が来るであろう。となるのであれば、取れる策は一つしかない」
「周将軍。それはいったい」
「それを今から話す」
周瑜はそう言った後、諸将に策を話した。
聞き終えると、皆目を剥いていた。
「周将軍。それはっ」
「この戦の勝敗は決した。ならば、この策を使うしかない」
周瑜はそう言い、覚悟を決めた顔をしていた。




