その顔が見たかった
烏林の陣地に、黒い煙が立ち赤い光が見えた。
「おお、黄蓋殿が成功したようだっ」
陣地が燃えていると見た周瑜は喜びの声をあげていた。
「皆、今が好機ぞ! 黄蓋殿が敵を混乱している内に攻め込み曹操の野望を砕くぞ!」
『おおおおおっっっ‼』
既に黄蓋が偽りの投降で敵陣に赴き、火を放ち混乱させその隙に攻めるという事を、諸将に告げていた。
皆、反対する事無く出陣の準備を整えていた。
準備の最中、董襲が周瑜の下に赴いた。
「周将軍。好機で全軍で攻めるのは分かる。だが、陣地の守りを疎かにしてはならんだろう。誰かに守らせるべきだろう」
「うむ。そうだな。誰が良いか・・・・・・」
周瑜は誰が適任か考えた後、朱治に陣地に残す事にした。
数刻後。
周瑜は陣地の守る兵だけ残し、残る兵を率いて陣地を出陣した。
狙うは烏林の曹操軍陣地。
(できれば、曹操の首を取りたいが。流石にそれは無理であろうな)
夜の海の中駆ける船に揺られながら周瑜はそう考えていたが、高望みすぎるなと思い一笑に付した。
今は、曹操軍を壊滅させる事が先決だと思いつつ船団と共に駆けて行く。
もう少しで、曹操軍の陣地がはっきり見えるという所まで来たのだが、其処で驚くべき物を見つけた。
「馬鹿な、何故だ⁉」
周瑜は自分の目に映る物を見て、驚きを隠す事が出来なかった。
彼の目には、燃えている筈の船団が居たからだ。
「何故、敵の船が目の前にいるのだ⁉」
黄蓋が陣地に火を放った事で船も燃えている筈であるのだが、何故か燃えていなかった。
加えて、その船団の楼船に掲げられている旗の字を見て衝撃を受けていた。
「蔡だと、まさか、蔡瑁な訳ではないだろうな・・・・・・」
周瑜はそう呟いた後、偶然蔡の姓を持った将軍が率いているだけなのだと思い直していた。
其処に楼船の指揮を執る為の櫓にいる者が声をあげた。
「はははは、周瑜。まんまと罠に嵌ったなっ」
「なにっ、貴様は何者だ⁉」
「わたしを知らぬか? まぁ、わたしも貴様と顔を合わせるのは、今日が初めてだがな」
そう話している者は、顔を布で覆っていた。
そして、おもむろに布を取り顔を晒した。
「お初にお目にかかる。周瑜、わたしは蔡瑁徳珪だ!」
「なに、蔡瑁だと⁉」
布で顔を隠していた者は名乗りを上げるのを聞いて、周瑜は目を見開かせていた。
「馬鹿な⁉ 貴様は処刑された筈だ!」
周瑜は信じたくないという思いで叫んだ。
「ははは、馬鹿め。丞相は貴様が蒋幹を使い偽書を用いて、わたしを排除するという計略などまるっとお見通しであったのだ!」
「何だと⁉」
「どうだ? 計略で排除したと思ったわたしが目の前にいる気分は? 美周郎も所詮はこの程度であったのだな。はははは」
「く、くうううう・・・・・・ぐぶっ」
蔡瑁が高笑いするのを聞き、周瑜は顔を赤くしていると突如手で口を覆った。
咳き込んだと思われたが、指の隙間から血が流れていた。
「周将軍っ」
「誰か、早く薬師をっ」
周りに居た兵達は周瑜の下に駆け寄ったが、周瑜はもう片方の手を振り近づかせなかった。
「・・・・・・このまま、おめおめと陣地には帰れん! 全軍、攻撃せよ‼」
周瑜は攻撃の命を下した。
このまま、陣地に撤退すれば蔡瑁率いる船団が追撃してくるのは分かった。
だから、撤退を前提として戦い、折を見て撤退する事にした。
周瑜の命は直ぐに全軍に伝えられ、陣形を取り始めた。
蔡瑁も陣形を整えた。
周瑜と蔡瑁が会敵している頃。
烏林の陣地では、濛々と黒い煙が立っていた。
黒い煙を出しているのは、燃えている木であった。
その木が鉄製の籠の中に燃やされて、黒い煙をあげていた。
そして、陣地には大量の篝火が焚かれていた。
「この篝火も、敵の陣地から見れば燃えている様に見えるのでしょうな」
「加えて、黒い煙が上がっているを見たら、余計にそう思うでしょうね」
劉巴は陣地の至る所に立てられている篝火を見つつ述べていた。
其処に諸葛亮も燃えている木を見て、自分でも同じ立場であれば勘違いするかもしれないなと思っていた。
「まぁ、お陰で暑いけどな」
篝火の熱気が、曹昂達が居る元まで来ている様で、皆手で扇いでいた。
「しかし、これで我が軍の勝利は決まりましたな」
「うむ。既に甘寧殿が『飛鳳』にて出陣している。これで勝ったも同然よ」
法正と司馬懿は最早勝ちは決まったとばかりに笑っていた。
曹昂はまだ気が早いのではと思ったが、此処まで来て勝利は揺るがないかと思い直した。




