その時が来た
建安十年。十二月十日。
日が沈み、夜の帳が落ち始めた頃。
赤壁の陣地を出陣する船団が居た。
二十隻ほどおり、掲げている旗は黄の字が書かれていた。
他には船の檣頭(帆柱の先)に青竜の旗が立っていた。
櫂が漕がれ、進んでいく中、船団の一隻の船尾に黄蓋が居た。
(陣地を出る事は出来た。後は、曹操の陣地に潜り込むだけだな)
黄蓋が乗っている船は蒙衝という船で、この船は敵船に勢いよく突撃して破壊する事を目的としている為、他の船に比べて早く進める様に作られている。
その為、乗船できる人数も十人ほどなのだが、船に乗っているのは黄蓋を含めても五人ほどしかいなかった。無論、他の船も同じであった。
他に開いている所には、兵糧の他に油壷や松明などが載せれるだけ載せていた。
(・・・・・・陣地に潜り込む事が出来れば、火を放ち混乱させるだけだが。生き残れるかどうかは分からんな)
敵の陣地に火を放つ以上、敵も混乱するが火に巻き込まれる事も考えられる上に、偽りの投降だと知り敵兵に襲われる事も考えられた。
「だが、こうでもしなければ勝つ事は出来ぬであろうな」
黄蓋は勝てるのであれば、この命を捨てるだけだと思った。
数刻後。
黄蓋は烏林の陣地の近くまで辿り着いた。
檣頭には、青竜の旗が立てられていたが、曹操が素直に言い分を信じるかどうかであった。
やがて、烏林の陣地から船団が出て来た。
間者からの報告の通り、船団の間は鎖で繋がれていた。
(鎖を繋いでしまえば火が回るのが速いと思うのだがな。水上戦は得意ではないから、こうしたのだろうな)
船同士を鎖で繋いでいるのを見た黄蓋は不便そうだなと思いつつ見ていた。
「丞相にお会いしたい。黄蓋が降伏しに参ったぞっ」
黄蓋は近づく船団に向けて、大声で来た理由を述べた。
距離があるからか、少しの間返事は無かった。
その間、船団は動いていた。
黄蓋の船団を包囲する様に。
(これはっ⁉ もしや偽りの投降と見破られたか?)
包囲されてる為、このまま突撃しても、陣地に火が付く前に沈められるのが目に見えていた。
黄蓋はどうするべきか考えていると、船団から矢が放たれた。
『ぎゃああああっっっ』
「やはり、気取られたかっ⁉ このまま逃げる事など出来ん! 全軍突撃!」
黄蓋は自分が乗る船の漕ぎ手に突撃する様に命じた。
そして、他の船にも伝える様に鉦を叩いた。
漕ぎ手達は櫂を漕ぎだす間も、矢が飛んでくるが黄蓋は油壷の所に、其処に置いてある火打石で火を作ろうとしたが、其処に矢が飛んできた。
「がはぁっ!」
黄蓋の背中に矢が立った。
「ぐうう、おのれっ」
黄蓋は怪我を負いつつ指揮を取ろうとしたが、足を滑らせて船から落ちてしまった。
「将軍っ!」
船に乗っていた兵が漕ぐのを止めて、助けようとしたが矢が突き刺さり死んでしまった。
やがて、黄蓋が率いる船団に乗っていた兵達は皆殺しにされた。
曹操軍の兵達は船に乗り込み、生き残りがいないかどうか確認した後、本陣へ使者を送った。
本陣に居る曹操の元に使者が来た。
「申し上げます。黄蓋率いる船団は壊滅いたしました」
「そうか。子脩」
「はっ」
「手筈通りにせよ」
「承知しました」
曹操の命を聞き、曹昂は一礼するとその場を離れて行った。
少しすると、曹操軍の陣地に黒い煙が立った。
夜中だというのに、その黒さは目立っていた。
同時に、赤い光が天へと延びていた。




