こうするしかない
曹操軍の陣地にある船が鎖で繋がれるという報告が、密偵を通じて周瑜の耳に入った。
「なにっ? 船を鎖で繋ぐだと?」
報告を聞くなり、周瑜は耳を疑っていた。
船を鎖で繋いでは、動きが遅くなる上に一度火が付けば延焼してしまうからだ。
水上戦においてしてはならないと言ってもいい愚策と言えた。
「いったい、誰がそのような献策をしたのだ?」
「報告によりますと、曹昂が、矢を大量に奪う際に、船を綱で繋いだ事で揺れが抑えられたので、船を鎖で繋げば船酔いもなくなると進言した事で、曹操がその意見を受け入れたそうです」
「・・・・・・」
報告を聞いた周瑜は暫し黙り込んだ。
共に報告を聞いていた者達は、何かあるのかと思い見ていると。
「・・・・・・ふ、ふふふ、ふはははははは、曹昂敗れたり。少しは切れる様だが、水上戦で船を鎖で繋ぐなど、愚の骨頂よ。所詮、船戦などしらん愚か者よ。火をつければ、敵軍の船は瞬く間に全焼するであろう!」
「周将軍。それはつまり、火計を仕掛けるという事か?」
「そうだ。火計を持って敵を壊滅させてくれるっ」
周瑜は策を述べたが、皆難しい顔をしていた。
「・・・しかし、風向きが我らに不利な以上、火計を仕掛けるのは無理だと思うぞ」
董襲が少しだけ躊躇しつつ、難しい理由を述べた。
現在、風向きは西北であった。
もし、その風向きで周瑜達が火計を仕掛ければ自分達に火が包まれてしまう。
火計をするのであれば、東南の風が吹かねばならなかった。
「・・・・・・そうよな。むぅ、どうするべきか」
董襲の意見を聞き、周瑜も火計は難しいかと思った。
その後、軍議を目立った案が出ないので解散となった。
軍議が終わった後、周瑜は何か良い案はないかと考えていると直ぐにある事を思いついた。
「そうだ。埋伏の計を仕掛ければよいのだ」
周瑜は名案とばかりに手を叩いた。
(我が軍の攻撃に合わせて、その者が曹操軍の陣地に火をつけるのだ。さすれば、曹操軍の陣地と船は火に包まれるであろう)
周瑜はこれは名案だと思いはしたが、直ぐに誰にその役目を任せるべきなのか考えて困っていた。
「良き策と思うが。実行する者がいなければ、意味はないな。どうしたものか」
周瑜は何かないかと考えていたが、何も思いつかなかった。
同じ頃。赤壁の陣地にある天幕の一つ。
その中に黄蓋の姿があった。
席に座り、一人何かを考えている様であった。
(曹操軍の船が鎖で繋ぐ。何か考えがあるのであろうな)
黄蓋は曹昂の麾下に居た事があったので、水上戦で船を鎖で繋ぐという事にも、何かの策なのだろうと推察していた。
だが、それが何なのかは分からなかった。
「・・・・・・現状を考えれば、鎖で船を繋ごうと、数は向こうの方が多い。此処は計略で敵を殲滅するしかない。鎖で繋いでいるのだから、火計が有効だろうが。今の風向きでは無理だな」
黄蓋は目を瞑り少し考えた後、目をカッと開いた。
「此処は埋伏の計しかないな。であれば」
黄蓋は天幕の奥にある物を見た。
それは、蓋つきの壺であった。
「何かに使えると思い用意したが、無駄にならなかったな」
そう呟いた後、黄蓋は席を立ちあがり、周瑜の下に訊ねた。
「周将軍。今後の事についてお話が」
「黄蓋殿。何か考えがおありで?」
「うむ」
周瑜の問いに、黄蓋は話し出した。
話を聞き終えた周瑜は、少し悩んだが、黄蓋が強く頼み込むので承諾する事にした。




