こうなるとは
「黄将軍。まずい事とは、なんなのだ?」
「まずは、これを見よ」
黄蓋はそう言って、手に持っている封を渡した。
封は破かれており「黄蓋殿へ」と書かれているので、文が入っているのだと分かった周瑜は受けとるなり、中に入っている文を出し広げた。
『周瑜は主家に叛きし逆臣。その者に従えば、身の破滅を招く。
貴殿は嘗て、我が麾下に居た。
故に、我が力がどれだけのものか分かっているであろう。
こちらに寝返るというのであれば、その才に見合った地位を与えよう。
その証拠に、貴殿が食べた事がある菓子を与える。
身の振り方をよく考えよ。
曹操』
「これは、内応の書状っ⁉ いつの間に届いたのだ⁉」
「どうやら、昨日の宴の時に置かれたようだ。儂の他にも、諸将の下にも届けられた様だ」
「昨日だと! では、わたしが寝ている時には、皆はこの文を読んだという事か?」
「そうなるな。皆もどう報告するべきか分からず、儂が代表して報告に来たのだ」
「皆の様子はどうであった?」
「儂の見た限りでは、かなり動揺していたぞ。内応に応じる者も出てもおかしくないぞ」
「何という事だ。・・・・・・此処は動揺を抑えねば」
「しかし、どうやってだ? この様な状況だ。余程人望がある者でなければ抑え込む事は出来んぞ」
「人望か。家中で人望がある者と言えば・・・・・・程公しかおらんな」
自分よりも有名で人望がある者と言えば、程普しかいないと思った周瑜であったが、この陣に居ないので出来ないと分かり溜息を吐いた。
他に誰かいないか考えたが、誰も思いつかなかった。
「・・・・・・とりあえず、此処は皆を説得するしかないな。・・・・・・ところで、この文に書かれている菓子とはなんだ?」
周瑜は説得し回る事で、動揺を抑える事にした後、文に書かれている菓子の言葉が気になったので訊ねた。
「うむ。文と共に、これが諸将に渡されたのだ」
黄蓋はそう言って竹筒を見せた。
蓋がされた竹筒で、竹筒にも紙が結ばれていた。
「これが?」
周瑜は自分が知っている菓子とは違うので、怪訝な顔を浮かべた。
黄蓋の手から受け取ると、蓋を開けると筒の中に僅かに赤みが帯びた茶色が入っていた。
「どうやって、食べるのだ?」
「儂は手をつけていないが、他の者達の話では結ばれている紙に書かれているそうだ」
「ああ、これか」
周瑜は竹筒に結ばれている紙を解き広げた。
すると、其処に竹筒の其処に穴を開けて、息を吹くべしと書かれていた。
周瑜は竹簡を書く際に誤字を書いた際に削る小刀で穴を開けて、息を吹きかけた。
すると、筒の中に入っている物がわずかに動いたので、皿を用意して筒を傾けると、するっと出て来た。
「何だ。この何処から見ても、綺麗とは言えない色合いな円柱のような物は?」
「・・・やはり、羊肝餅であったか」
皿に盛られた物を見るなり、黄蓋は呟いた。
その声には、少し懐かしさ混じっていた。
「羊肝餅? 確か、孫策が一度その名を出した事があったな。これがそうか」
周瑜はこれがそうかと思いながら、小刀で一口分だけ切り取り中を見た。
「中も同じか。豆が入っているだけで、綺麗とは言えんな。本当に蜜柑よりも美味いのか?」
周瑜は胡乱な物と見つつ、切り取った部分を口の中に入れた。
「・・・・・・な、何だ。これはっ⁉ 甘いぞ。わたしが今まで食べた菓子の中で一番甘いかもしれん。この甘味は、砂糖か? 砂糖は使っているが下品にならない様に味付けされている。其処に豆の粒々した食感が合わさり、飽きる事がない。えっ、曹操はこんな美味い菓子を食べているのか? 信じられん。その上、これをわたし以外の皆に渡したという事は、別段秘匿するものではなく与えても構わないという事になるではないかっ。そんな有り得ん事があるとはっ」
周瑜は羊羹を食べて、凄い衝撃を受けていた。
黄蓋もそんな周瑜を見て、初めて食べていた時を思い出していた。
「・・・・・・皆、これを食べたのか?」
「うむ。だから、動揺していると言える。文の内容は、儂のとそう違わない。ただ『我が軍の将になるのであれば、食べる事が出来る』と書かれているそうだ。我が軍の諸将達は、家柄が良いとは言えない者達が多い。その為、幼い頃から甘い物には無縁であったという者もいる。其処に降れば、甘い物を食べる事が出来ると知れば、心が動く者が出てもおかしくないであろうな」
「ぬうううっ、これは毒だ。我が軍の士気を下げる毒に違いない」
周瑜は自分が食べた物に慄いていた。
同じ頃。
烏林の陣地では、帰還した蒋幹が曹操に報告していた。
蒋幹は説得に失敗したが、その代わりになる物を持ってきたと言い、袖に隠した竹簡の一部を見せた後、自分が聞いた事を告げた。
話を聞き終えた曹操は竹簡を握りしめながら、怒っていた。
「ぬうっ、旧知の仲という事で用いてやったというのに、儂を裏切るとはっ」
曹操は声を怒らせながら、蔡瑁を呼ぶように命じた後、蒋幹に下がる様に告げた。
蒋幹が一礼し部屋を出て行くと、曹操は息を吐くと、傍にいる荀攸を見た。
「これで、儂が蔡瑁を処刑すれば周瑜は油断するのであったな」
「はい。後は、若君が献策通りにすれば我らの勝利です」
「そうか。しかし、こういっては何だが、子脩と郭嘉が居なければ敵の計略に掛り敗れていたかもしれんな」
「・・・・・・ですが、こうして見破る事が出来たのです。その幸運を喜びましょう」
「そうだな。蔡瑁はどうするのだ?」
「蔡瑁に似せた者を斬り、暫し晒し首にした後葬儀をします。その後、蔡瑁は布で顔を隠して貰い、新たに選んだ水軍の指揮官の補佐をしてもらう予定です」
「水軍の指揮を執るのは甘寧か?」
「ええ、その通りです。あの者であれば十分ですし、蔡瑁が補佐をすれば問題ありません」
「では、後は予定通りにするか」
「はっ」
曹操と荀攸が話し終えると、蔡瑁が来た。
蔡瑁は挨拶をしようとしたが、曹操は怒声をあげた。
「貴様っ、旧知の仲という事で重く用いてやっているというのに、儂に叛くとは許さんぞっ」
「はっ? どういう意味で」
「知らんとは言わせんぞ⁉」
曹操はそう言って、持っている竹簡を蔡瑁の前に叩きつけた。
蔡瑁は竹簡を拾い上げて、目を通すと顔を青くした。
「こ、このような物は知りませんっ、わたしは敵と通じておりません!」
「愚か者、敵と通じている者は皆そう言うのだ。許緒っ」
曹操は部屋の外に控えている許緒を呼んだ。
呼ばれた許緒は部屋に入ると、曹操は手招きした。
許緒は近づくと、曹操は耳打ちした。
「・・・・・・承知しました。では」
許緒は一礼し蔡瑁の首根っこを掴んで引きずって行った。
「丞相、わたしは敵と通じておりません。信じて下さい。丞相、丞相、丞相うううううぅぅぅぅぅ・・・・・・」
引きずられていく蔡瑁は曹操に無実を訴えていたが、聞き入られず連れて行かれた。
程なく、蔡瑁に敵に通じた罪で処刑されたと通達された。
蔡瑁の後任として、甘寧が選ばれた。
補佐として、新しい者が付けられた。
その者は昔事故で顔に火傷が負った為、人目に晒す事が出来ないという事で、顔を布で覆っていた。




