送るついでに
呼ばれた蒋幹が、曹操の元に来るなり訊ねられた。
「お主は周瑜と親しいそうだな」
「ええ、学問の先生が同じでその関係で親しくなりました」
「それなりに親しいか。では、お主に頼みがある」
「何でしょうか?」
蒋幹は顔を引き締めて、一言一句聞き逃さない様に神経を尖らせた。
「お主はこれより赤壁の陣地に赴き、周瑜をこう言うのだ『今すぐ矛を収めるというのであれば、朝廷から高い地位を約束する』とな」
「周瑜を口説けばいいのですね。承知しました」
「後、こちらで供を用意する。その者達を連れて向かうのだ」
「供をですか。別に必要ないと思いますが」
蒋幹は別段いらないという顔をしたが、曹操は「連れて行け。これは命令だ」と強く念を押した。
そう言われては逆らう事が出来ない蒋幹は承諾し、供を連れて行く事にした。
烏林の陣地から離れ、近くにある船着き場に赴いた。
船を一艘借りて、周瑜が居る赤壁の陣地に進んでいった。
数刻後。
周瑜は天幕の中で、どうやって曹操を打ち破るか考えていた。
(如何に我が軍の兵が水上戦に優れていても、船の数は敵の方が多い。その上矢が心許ない。一戦で敵に破らねばならんな)
その為には、どのように敵を破るか考えていた。
「要塞の建築を指揮している蔡瑁も侮る事は出来んな。何をしても排除しなければならんな」
そう呟く周瑜だが、どうやって排除するべきか分からず頭を抱えていた。
其処に兵は入って来た。
「申し上げます。不審な船がこちらに向ってきましたので調べました所、周将軍の友人という者が乗っておりました」
「わたしの友人? 名前は名乗ったか?」
「蒋幹と名乗っておりました」
「ああ、あやつか。しかし、あいつは此度の騒動で故郷に帰ったと聞いたが・・・・・・」
兵から名前を聞いた周瑜は友人が誰なのか分かったが、何故この地に居るのか分からずにいた。
考えていると、蒋幹の故郷が九江郡という事を思い出した。
(九江郡は曹操の支配下に入っていたな。そうか。あいつめ、曹操に仕える事にしたのだな)
そう考えれば、蒋幹がこの地に来た理由が分かった。
周瑜は来た理由が分かると、直ぐにある事を思いついた。
(そうだ。蒋幹を使って、蔡瑁を排除しよう)
名案とばかりに指を鳴らした周瑜は直ぐに、蔡瑁を排除する為の準備を整えた。
少しすると、蒋幹が陣地に入った。
陣地に入ると、兵達が列をなしていた。
列の中を進む蒋幹の後ろには、数十人の供が続いていた。
供の者達は、何かしらの荷物を背負っていた。
「おお、蒋幹。よく来たなっ」
列の進んだ先には、諸将を連れて来た周瑜がおり笑顔で蒋幹に近づいて、肩を叩いた。
「貴殿は元気そうで、何よりだ」
周瑜が機嫌良さそうなのを見て、蒋幹も笑顔で応じた。
「友人のお主が此処に来てくれるとは嬉しいぞ。今日は宴を開こうぞ」
「おお、それは良いですな」
酒が入れば、こちらの話も聞いてくれるだろうと思い蒋幹は内心でほくそ笑んでいた。
周瑜は蒋幹と共に天幕に入ろうとしたが、ふと思ったのか足を止めた。
「おお、そうだ。董襲」
「はっ」
周瑜に呼ばれた董襲は頭を下げた。
「蒋幹はわたしの友人で、曹操とは関係がない者だ。よって、これより戦の事を話す事を禁じる。一言でも話せば、わたしに代わってお主が成敗するのだ」
「はっ。承りました」
董襲が答えるのを聞いて、蒋幹の顔が強張った。
「うん? どうかしたか?」
「い、いや、なにも」
「では、今日はとことん飲もうぞっ。はははは」
周瑜は上機嫌で笑っていたが、蒋幹は逆に顔を青くしていた。
天幕では盛大な宴が開かれており、周瑜は酒を楽しそうに呷っていた。
蒋幹は笑顔を浮かべているが、何処か引き攣っていた。
他の諸将達も全員、宴の席に参加し酒を味わっていた。
同じ頃。
蒋幹に付いてきた供達は、別に用意された天幕に通された。
天幕の中には、人数分の食事が用意されていた。
皆、食事をとらず外の様子を窺っていた。
「・・・・・・天幕の外に見張りは居ない様だ」
「良し。では、我らの任務を行うぞ」
そう言って、供の者達は密かに天幕を出て行った。
天幕を出ると、供の一人が何処かの天幕の近くまで来た。
兵達は宴の警備で多く裂かれている為、陣地を見回る兵は少なかった。
その為、見つかる事は無かった。
慎重に移動し天幕の中に入ると、天幕の中には色々な装飾品や家具が置かれていた。
「此処に置けば良いな・・・・・・・」
そう呟いた後、供の者は懐から竹筒と封に入った物が出て来た。
それらを、書几の上に置くと音も無く出て行った。
書几に置かれた封には「董襲殿へ」と書かれていた。
暫くすると、供の者達は全員、天幕に戻って来た。
「首尾は?」
「この陣地に居る全て将の天幕の中に、入り置いてきたそうです」
「良し。では、食事に手を付けるとしようか」
供の者達はようやく、食事に箸をつけた。