此処から
周瑜は諸将を呼集するなり、敵の計略により矢が大量に奪われたと告げた。
直ぐに、兵糧武具を管理している倉官を呼び、どれだけ矢があるか調べさせた。
「申し上げます。矢の数量を数えました所・・・柴桑から届けられるまで、矢を放つ量を控えた方が良いと思います」
「何を、ふざけた事を言っているか⁉」
倉官が言いよどみながら述べるのを聞いて、潘璋が怒声をあげた。
他の者達も、声こそ出さないが同じ思いなのか、眉をひそめていた。
船戦にとって、矢は大量に使う為、どうしても必要な物だ。
矢が無くては、戦う事も出来なくなるというのも過言では無かった。
潘璋が怒るのも無理ないと言えた。
「待て。この者は、職務を忠実なだけぞ。だと言うのに、怒鳴ってはならんだろう」
周瑜は怒る潘璋を窘めた。
潘璋も、そう言われては何も言えないのか、黙ってしまった。
それを見た周瑜は、これで話を聞けると思い口を開いた。
「では、聞こう。其処まで矢が不足しているのか?」
「はい。正直に言って、このままでは一度か二度戦えば無くなります」
倉官は周瑜の問いに、諸将の視線を身に浴びつつ答えた。
背中がじっとりと濡れながらも、自分の予測を述べた。
「・・・・・・そうか。下がってよいぞ」
報告を聞いた周瑜は倉官を下がらせた。
倉官が天幕を出て行くと、董襲が周瑜に問いかけた。
「周将軍。この戦では矢は何よりも重要だ。これをどうやって解決するつもりで? まさか、職人に作らせると言わんだろうな?」
「流石のわたしもそれは言わん。矢を一本作るのに、どんなに腕が良い職人でも数刻かかる。それを大量に作らせるとなると、どれだけ刻が掛るか分からん。そうしている間に、曹操が攻め込んで来るかもしれん」
「では、どうするつもりで?」
「此処は仕方がないから、柴桑に水路で輸送してもらうしかなかろう。陸路では時間が掛るからな。直ぐに使者を」
周瑜が柴桑に使者を送ると言うのを聞いて、諸将は異論ないのか、誰も反対しなかった。
使者を放った六日後。
放った使者が、陣地に戻って来た。
腕に矢が刺さった状態で。
「申し上げますっ。夏口に敵軍が駐屯しております。数は不明ですが、旗から文聘の軍だと思いますっ」
「なんだとっ⁉」
使者の報告を聞いて周瑜は、声をあげてしまった。
「これでは、輸送できないと思い本陣に戻ろうとした所に、敵に見つかり襲撃を受け、このような姿に」
「そうか。良く報告してくれた。ゆっくりと傷を癒すがよい」
使者を労い下がらせると、周瑜は唸っていた。
「ぬぅ、陸路で輸送するとなれば、敵に見つかり攻撃を受けるかもしれん。だが、このまま矢を補充しなければ、戦すら出来なくなる。その上、敵が夏口に布陣しているとなれば、我らの退路を断つかもしれん」
周瑜はどうしたものかと、頭を悩ませていた。
とりあえず、敵が夏口に駐屯している事を伝えると共に、敵が挑発してきても乗らない事を命じた。
伝えられた諸将は、顔にこそ出さなかったが、このままで大丈夫なのか不安になっていた。
周瑜が今後の対応を考えている頃、曹操は間者からの報告を聞いていた。
「ほぅ、敵は矢が不足しているか」
「はっ。その為、敵が挑発してきても攻撃しない様にと命を下したそうです」
「ははは、それは良い。どうだ。船を出して、攻撃をするように挑発するか?」
間者の報告を聞いた曹操は面白い事を思いついたとばかりに、笑いながら傍にいる郭嘉に訊ねた。
「それも悪くないと思います。ですが、その前に例の件をするのが良いかと思います」
「例の件と言うと、蔣幹を周瑜の下に送るであったな」
「はい。今蔣幹を送れば、周瑜は我らを罠に嵌めようとするでしょう」
「良し。蔣幹を呼べ」
曹操は兵に命じた後、その場にいた曹昂は口を開いた。
「父上。蔣幹の事とついでに、ある事を思いつきましたので、しても良いでしょうか」
「ほぅ、それはどんなことだ?」
曹操が訊ねると、曹昂が話し出した。
「・・・ふむ。それは何のためにするのだ?」
「敵を動揺させる事が出来ます。どうか、許可を」
「う~む。どう思う。郭嘉」
「悪くないと思いますが。う~む、しかし」
郭嘉は煮え切らない様子を見せていた。
「儂は別に構わんぞ。まぁ、漉し餡の羊肝餅であれば少し考えたがな」
「ははは、父上は漉し餡が好きですね」
「当たり前だ。初めて食べた時の衝撃は忘れられん。餡子を最後まで味わう事が出来て、適度に固く腹持ちを良くするのだ。粒餡の様に、豆の粒々した食感など無く、餡子だけ味わう事が出来るのだからな」
「・・・殿。粒餡も良いと思います。豆と餡子を同時に味わう事が出来るですから、最後まで飽きませんよ」
「郭嘉よ。お主は儂の心を理解しているというのに、どうして儂の好みを理解できんのだ」
曹操は嘆かわしいとばかりに言うが、郭嘉は平然としていた。
「殿が粒餡の良さが分からぬから、そう言うのです。漉し餡も悪くありませんが、粒餡の方が良いでしょう」
「いや、しかしな」
「そうは言いますが」
曹操と郭嘉は漉し餡と粒餡の良さを語りだした。
傍で聞いていた曹昂は呆れて、言葉を失っていた。




