お礼参りだ
要塞に近づく一船の船内から、音楽が奏でられていた。
その音楽を聴いて、要塞内にある見張り台に居る兵達は、何事かと思い周囲を見回した。
すると、要塞近くに浮かんでいる船から聞こえて来た。
兵達は要塞近くに浮かんでいるのを見て、誰かが船遊びしているのかと思っていた。
最初敵の偵察かも知れないと思ったが、音楽を奏でた為、偵察に出てそんな誰かに見つかる事などしないだろうと思い、船遊びをしているのだろうと思い、警戒を解いた。
見張り台の兵は、船に向って手を振っていた。
すると、船内に居る者が船縁に出て、見張り台にいる兵に向って手を振り返していた。
「・・・・・・暢気なものだ。わたしが此処にいるとも知らずに」
船縁に出ている者がそう呟いていた。
そう呟いていたのは、周瑜であった。
曹操軍に居る密偵から、蔡瑁が要塞を作っているという報を聞いて、どの程度の物なのか知る為に、自ら船に乗り込んで偵察に来ていた。
無論、偵察だと知られない様に、楽器を奏でた事がある兵達を数十人用意し、楽器を奏でていた。
敵の襲撃に備えて、迎撃できる様に弩や弓などを数十張用意していた。
周瑜は要塞を見ていると、かなり守りが固い事に気付く。
「ぬぅ、蔡瑁とは、まともに戦った事が無かったので、その才が分からなかったが、見縊ってはならんな」
緒戦で勝った気分が、一気に醒めて行く周瑜は、どうやって蔡瑁を取り除くべきか考えていた。
暫く、要塞の周囲を探っていたが、要塞から船団が出てくるのが見えた。
「流石に気付かれたか。転進せよっ」
「はっ」
周瑜は、此処までかと思いつ舵を取る兵に命じて、陣地へと帰還していった。
その船足は早く、曹操軍の船団は追いつく事が出来ず取り逃がす事になってしまった。
正体不明の船は赤壁の方へ逃げて行ったという報告を聞いた曹操は、座席の前にある書几を叩いた。
「おのれっ、敵が要塞の近くまで来るとは、誰かは知らんが豪胆な事をしおるわ」
怒りをぶつけた事で、曹操は気持ちを落ち着く事が出来た。
そして、気になった事を報告した兵に訊ねた。
「要塞を偵察されている時、見張りの兵達は何をしていたっ」
「は、はっ。その船から音楽が聞こえてきたので、てっきり誰かが船遊びをしているのだろうと思い、気に留めなかったそうです」
曹操の問いに、報告した兵は怯えつつ述べた。
「その時、見張りをしていた兵達の首を斬れ! 役に立たん兵など要らんっ! 見せしめにしろ!」
曹操がそう命ずると、曹昂は宥めた。
「父上、敵に逃げられた逆恨みで兵に当たるのはお止めください」
「そんなつもりで言っているのではないっ。我が軍の将達は船に乗る事が少ないのだぞ。そんな者達が、船遊びをするという酔狂な事をする訳が無いであろうっ。そんな事も分からない者に、役に立つ訳が無いわ!」
「気持ちは分かりますが。見張りを怠った者達の首を斬った所で、兵の士気はあがりませんよ。それよりも、別の方法で敵を刺激しましょう」
「何か考えがあるのか?」
「はい。こちらも向こうと同じ事をします。ですので、出撃の許可を下さい」
「お前が出るのか?」
曹操の問いに、曹昂が頷いた。
「お前がか? 他の者には任せられないのか?」
「出来たら言いません。ですので、どうか」
「・・・・・・船はどれだけ出す?」
「船は一艘だけ。後『玄武』の出陣を」
「ふむ。良かろう。任せたぞ」
「はい」
曹操の許可を得た曹昂は一礼し、その場を離れて行った。