今後の展開を菓子と共に話す
翌日。
蔡瑁が宣言通りに要塞を建造していった。
水上に門を作り、柵を張り巡らす。
大型の船は要塞の外に列をなし、小船は連絡を取る為に配置していく。
これが失敗すれば、命が危ういと分かっているからか、蔡瑁は親戚を総動員して要塞設備を施していた。
その親戚の中には、今は亡き張温の孫の張允の姿があった。
曹操は陣地の中を歩きながら、要塞が作られている様子を眺めていた。
これで戦況が有利に働くだろうと思いつつ、眺めていると兵が寄って来た。
「失礼いたします。曹車騎将軍がお話があるとの事で、お呼びです」
「子修が? 分かった」
何用だと思いつつ、兵に案内に従い曹操は後に付いていく。
案内された天幕に通されると、中には曹昂しかいなかった。
「父上。お呼びたてして申し訳ありません」
「良い。何か話があると聞いてきたが。何の話だ?」
曹操は誰も居ないので、何か聞かれてはいけない話をするのだと思いつつ、上座に座る。
「少しお待ちを。後何人かに話したい事がありますので」
「ふんっ。何時になったら来るのだ?」
「もう少しで来ると思いますので、それまでは」
曹昂は天幕の外に顔だけ出して、何か告げた。
程なく、膳を持った兵が入って来た。
数人分の膳の皿には、きつね色の捩じれた棒のような物が幾つも乗っていた。
「来るまでの間、これでも食べてお待ちを」
「これは、繖子か?」
「そうです」
曹操が捩じれた棒を見つつ尋ねて来た。
繖子とは、現在では麻花と言われる菓子の原型である。
この菓子の起源は、春秋時代と言われている。
晋の文公が内乱により、忠臣であった介子推とともに、国外へ亡命した。
数年後、内乱が収まり再び王となった文公は逃亡中、世話になったお礼にと、介子推を昇進させようとした。
しかし、母親と綿山の山奥で暮らしていた介子推は、頑として受けようとしなかった。
すると、文公は意地になったのか何としても受けさせようと、介子推のいる綿山に火をつけるように命じた。
火事になれば介子推も山を下りてくるだろうと考えたのだが、結局介子推は下りて来ず、三日三晩燃えた後の山で、母親と2人で焼死しているのを発見された。
その報告を聞いた文公はかなり後悔し、介子推の命日の前三日間は火を一切使用しないよう、人々に命じた。
人々がはその命に従ったが、その間炊事が出来ない為、何とか日持ちのする食品を作ろうと試みた結果、小麦粉をこねて油で揚げたら、何日も持つことを発見し、繖子と名付けられた。
「・・・・・・おっ、固い食感の中に甘味がある。儂が知っているのは、味付けが塩味であったが、これは良いな。噛んでいると、味が出てきて飽きないから、何時までも噛んでいたくなるな」
「戦の兵糧に使えると思い、固くしております。お陰で、数日放っておいても腐る事はありません」
「ふむ。個人的には、もう少し柔らかくしても良いと思うが、兵糧として出すのであれば、これぐらい固くても良いな。甘いから、兵達も固い事に気にする事はないだろう」
曹操はそう言いつつ、ボリボリと音を立てつつ食べていた。
やがて、自分の膳に置かれている分を全て食べてしまい、お代わりを要求するのであった。
暫くすると、荀攸、程昱、郭嘉、賈詡、沮授、田豊と甘寧が天幕に入って来た。
そして、皆曹操に一礼した後、食べている物を訊ねて、何なのか知ると自分の席に着くと賞味していた。
「ふむ。わたしは涼州の出ですので、繖子は食べた事がありますが、甘い繖子は初めて食べますな」
賈詡は繖子を食べると、目を丸くしつつ味わっていた。
皆、ボリボリと音を立てながら食べて行くのを見つつ、曹昂は咳払いした。
「食べながらで良いので、わたしの話を聞いて下さい」
曹昂がそう言うと、皆手を止めて頷いた。
曹操だけは手を止めず、ボリボリと音を立てて食べていた。
「・・・現在、我が軍は蔡瑁殿の指揮で要塞を作っておりますが、要塞が出来たとしても、我が軍の危機は脱する事が出来ません」
「なんだとっ⁉」
曹昂の話を聞いて、曹操が叫んだ。
食べながら叫んだ為、食べかすが飛び散っていた。
「・・・・・・やはり、我が軍の兵は北方出身が多い為か、風土が合わないので船から降りても、体調を崩す者が日に日に増えてきております。このままでは、要塞が出来る頃には、我が軍の兵の多くが、病に罹っていると思います」
「わたしも兵から、その様に報告を受けております。酷いのになると、床から置き上がる事も出来ない者もいるとか」
曹昂の話に続く様に、郭嘉も聞いていた報告を述べた。
「ぬぅ、それでは戦にならんな。どうすればよい?」
曹操は繖子を銜えつつ、皆に意見は無いか尋ねた。
程昱達もどうするべきか分からず、唸っていた。
其処に曹昂が話し出した。
「ですので、周瑜をこちらの思う通りに動かします。敵を慢心させて、こちらの思う通りに動かすのです。驕兵の計を行います」
曹昂が計略を述べるのを聞いて、甘寧を除いた者達はどの様に慢心させるのか気になっていた。
「具体的にはどうするのですか?」
「そうですね。まずは。蔣幹を使者として、周瑜の下に向かわせます。周瑜の事です。蔣幹は自分を調略しにきた使者として見るでしょう。其処で周瑜は蔡瑁達を陥れる文を用意して、蔣幹はその文を持って帰ってくるでしょう」
「もし、偽書と知らなければ、儂は蔡瑁を処刑したであろうな」
「はい。ですので、その文を受け取って、父上は蔡瑁を処刑します。無論、本当に処刑するのではなく、別の者を処刑します。蔡瑁に似た者の首を晒し首にします。そうすれば、周瑜は自分の計略が成功した事を喜ぶでしょう」
曹昂の話を聞いて、曹操達は成程なと頷いていた。
「その後、甘寧殿を水軍の都督にしつつ、蔡瑁達は顔を隠して指揮を取らせましょう。その後、船を鎖で繋ぎます。表向きは、兵達の酔いを抑える為と言う名目で」
「船を鎖で繋ぐ⁉ そのような事をすれば、火計に遭えば一溜まりもありませんぞっ」
曹昂の案を聞いて、郭嘉が驚きの声をあげていた。
「今の風向きは、西北ですが。今は冬ですので、風向きは変わる事もあります。もし、敵に有利な東南の風が吹けば、我が船団は壊滅いたしますっ」
郭嘉の言葉を聞いて、曹操達は顔色を変えた。
「そうです。郭嘉殿がそう思うという事は、周瑜もそう思うでしょう」
「・・・・・・成程。敵が火計を仕掛ける様に仕向けるのですね。敵がそう来ると考えれば、我らも対処が出来ますな」
「その通りです。そうして、敵の火計を防いでいる間に、甘寧率いる『飛鳳』で赤壁本陣を攻撃する。さすれば、我が軍の勝利です」
「ふむ。悪くない策だ。それでいくとしよう」
曹昂の計略を聞いて、曹操はその策で行く事に決めた。
「良いか。この策は、他の者に話すでないぞっ、もし話せば誰であろうと首を斬ると思え」
「「「「はっ」」」」
「甘寧。お前はこの策の重要な役目を担う。心して臨め」
「はっ」
「程昱達は、今曹昂が述べた策を形にせよ」
「お任せを」
程昱の返事を聞いて、曹操は満足そうに頷いた。
数日後。
要塞が出来上がって来た頃。
何処からか、一艘の船が近づいてきた。




