余裕があるように
追撃した凌操が討たれたと聞いた周瑜は追撃の中止を命じ、陣地へと帰還した。
陣地にて、凌操が討たれたという報が駆け巡った。
父である凌操と共に従軍していた凌統の耳にも、当然入った。
「ち、父上が討たれただと⁉」
「はい。亡骸は、敵に奪われたとの事です」
凌操の部下が涙交じりで述べるのを聞いた凌統は、膝から崩れ落ちた。
「ち、父上が・・・・・・誰だ。誰が父上を討ったのだ⁉」
「曹操軍の甘寧という者だそうです」
「甘寧⁉ 貴様だけは許さん!」
凌統は涙を流し、拳を握りながら叫んだ。
その後、凌操の部下達と引き連れて、誰にも告げず小舟に乗り込み何処かに向って言った。
数刻後。
曹操軍の陣地にある天幕の一つ。
上座に座る曹操は、目の前にいる蔡瑁を見ていた。
その目には、優しさや温かみなど全くなく、氷の刃の様に鋭く斬れそうであった。
その場にいる家臣達も、何か言いたげな目をしていた。
曹昂だけは、どうなるのか気になっていた。
そんな折、兵が天幕の中に駆け込んで来た。
「申し上げます。甘将軍が、ただいま戻りましたっ」
「そうか。通せ」
「はっ」
兵が一礼し離れていくと、甘寧が入って来た。
両手で盆を持っており、盆には凌操の首が乗っていた。
目を閉じられ、口元に僅かに血の痕がついていた。
「甘寧。ただいま戻りました。敵の追撃を撃退するついでに、敵将凌操の首をお持ちいたしました。どうぞ、ご見分を」
甘寧はそう言い、盆を高く掲げた。
そして、曹操達はその首をジッと見た。
「この者が、凌操か」
「孫家の将の中でも、有数の勇将と聞いているぞ」
「それほど有名な者を討ち取るとは、流石は甘寧殿ですな」
「まさしく。それに引き換え」
甘寧の功績を称えた後、家臣達は一斉に蔡瑁を見た。
先鋒を任されたというのに、敵に撃退された上に、甘寧に助けられるとは恥ずかしくないのかと言っている様であった。
針の莚状態となる蔡瑁は何も言えなかった。
このままでは、処刑されるかと思っていると、黙っていた曹操がようやく口を開いた。
「勝敗は兵家の常。勝つ事もあれば負ける事もある。次で勝てばよい」
曹操が、暗に処刑はしないというのは聞いて、蔡瑁は安堵の息を漏らした。
「だが、次は無い。そう思うがよい」
「は、はっ」
曹操が釘を刺すと、蔡瑁は頭を下げた。
「それで、我が軍が負けた理由は分かっているのか?」
「やはり、丞相の軍は北方の出身者という事で、船に乗り慣れておりません。ですので、少し乗っただけで酔ってしまい、戦になりません。此処は船に乗り慣れて貰うしかありません」
「周瑜がそれまで待ってくれんだろう。如何する?」
「其処は、この地を水上要塞を作るのです。守りを固めつつ、兵達の調練を施し少しずつ船に慣れさせるのです。そして、周瑜と戦えば、必ず勝ちますっ」
「良し。お主と儂との仲だ。その言葉を信じて、要塞を築くとしよう。その指揮は蔡瑁、お主が執れ」
「はっ。畏まりましたっ」
此処で汚名返上するとばかりに、蔡瑁は意気込んでいた。
そして、天幕を出て行こうとしたが、外で騒がしくなった。
「何事だ?」
「見てまいります」
曹操が呟くと、家臣が天幕を出た。
少しすると、縄で縛られた者達を連れて戻って来た。
「兵が不審な者を見つけたので、誰何すると暴れ出したので囲んで捕まえたそうです」
「ふんっ。不心得者か。名を名乗れっ」
家臣が連れて来た者達に、程昱が大声で誰何した。
すると、縄で縛られた者達の中で一番若い者が顔を上げて、キッと睨みつつ叫んだ。
「我こそは、破賊校尉凌操が子の凌統なり。父の首を取り返しに参った‼」
「凌操の子か。父の亡骸を取り返しにくるとは、見上げた心意気よ」
凌統が名乗るを聞いて、曹操はその豪胆に感心していた。
「そして、己の命を厭わず、父の亡骸を奪い返そうとするとは孝行な事だな。敵ながら見事よ」
曹操はそう言いつつ、どうするか考えていた。
其処に曹昂がそっと近づてきた。
「父上、此処は返しても良いと思います」
「亡骸をか? 将の一人を討ち取ったのだぞ。首と共に全軍に知らせれば、士気があがると思うが」
「首を返しても問題ないと余裕を見せれば、周瑜の気持ちを逆撫でさせる事が出来ます」
「ふむ。甘寧はどう思うであろうか?」
「其処は大丈夫でしょう。功績を残しておけば問題ありません」
「そうだな。では、凌統と言ったな」
話を終えた曹操は淩統を見た。
「お前の父に対する孝行に免じて、亡骸を持って帰る事を許してやろう。懇ろに弔うがよい」
「・・・本当か?」
「このような事で嘘はつかん。其処に首があるであろう。持っていくがよい」
曹操が指さした先には、凌操の生首があった。
それを見た凌統は首の元に駆けより、抱きしめ忍び泣いていた。
一頻り泣いた後、袖で目を拭った後、家臣達を見た。