出し惜しみではない
蔡瑁の出陣に合わせて、甘寧も出陣の準備を整えていた。
その準備の最中、曹昂が訪ねて来た。
「甘将軍。少し良いか」
「これは、陳留侯」
甘寧は一礼した後、部下に出陣の準備を任せた。
そして、向き直ると、周りにいるのは護衛の孫礼と趙雲だけという事が分かった。
その二人は周りを警戒しているのか、首を動かして周囲を見回していた。
(何か重大な話をするようだな)
護衛の者達が周りを見ているのを見て、人に聞かせたくない話をするのだと分かった甘寧は曹昂に近づいた。
「して、何用で?」
誰にも聞かれない様に、出来るだけ小さい声で話しかけてきた甘寧に、曹昂も小声で応じた。
「将軍は、此度の出陣は『飛鳳』で出るつもりか?」
「勿論です。さすれば、敵は肝を抜かすでしょう」
「それを相談しに来たのだ。『飛鳳』の出陣はまだしなくてよい」
「何故ですか?」
曹昂の考えが分からない、甘寧は不思議に思いつつ訊ねてきた。
「最初に我らの兵器の威力を見せれば、敵も戦意を消失すると思いますが」
「此度の出陣は飽くまでも、周瑜率いる水軍の力を見るだけだ。だから、こちらも最初から『飛鳳』を見せる必要はない」
「それはそうですが」
「功績を立てたいのは分かるが堪えて貰いたい。それと」
曹昂は周りを見て、不審な者は居ないか探した。
居ない事を確認すると、甘寧に話しかけた。
「将軍とは長い付き合いなので、わたしが考えている計略について話したい」
「それはどのような計略で?」
「うむ。驕兵の計と言うのだが。・・・・・・・」
曹昂の話を聞いて、甘寧は頷いていた。
そして、聞き終えると息を吐いた。
「・・・・・・ふぅ。成程、それは周瑜でも、この戦場に居ない魯粛でも見破る事が出来ないでしょうな」
「そういう訳で、将軍はこちらの言う通りに動いて貰いたい」
「承知しました。そう言えば『玄武』という兵器は、この戦場に持ってきたのですか?」
「ああ、持ってきている。そちらの指揮は私の部下にさせるつもりだ」
「それが良いかと。わたしも乗った事がないので、どの様に指揮するか分かりませんので」
「今度、乗ってみますか?」
「是非とも。では」
甘寧は一礼し、部下の元に戻って行った。
その背を見送ると、曹昂は護衛と連れてその場を離れて行った。
数刻後。
烏林の陣地を出陣する蔡瑁率いる水軍。
後詰には甘寧率いる部隊も控えていた。
対する、周瑜も敵の出陣に合わせて水軍を出陣させた。
先鋒を務めるのは、家中でも有数の勇将である凌操であった。
横一列に並ぶ両軍は、進みながら距離を詰めていき、矢の射程に入ると兵達の矢を放たさせた。
水上戦は、まず矢か火矢を放ち陣形を乱した後、距離を詰め乗り込んで白兵戦になるか、矢で沈めて敵を壊滅させるのであった。
だが、風が西北から流れている為、周瑜軍は風下に居る為、火矢を放つと自軍の船に火が飛び火するかもしれないので、火矢を放つ事が出来なかった。
だから、矢を放ち距離を詰めて船に体当たりし白兵戦をするしかなかった。
蔡瑁軍の船は闘艦、露橈が多く揃えられていた。
大型船である闘艦と、中型船の露橈は乗り込む人数は多い為、放つ矢も多いのだが。
「うう、きもちわるい・・・」
「だめだ、たてねえ・・・」
兵達の殆どが曹操軍の兵なので、船酔いにより数ほどの働きを見せなかった。
「者どもっ、戦え⁉ 戦わんか⁉」
それぞれの船に乗る指揮官は声を上げて、兵達に命じたが殆どの兵の動きが悪かった。
対する周瑜軍は赤馬、先登、蒙衝の三種の船が多く揃えられていた。
赤馬の足の速さで、敵を翻弄し狙いを外させている間に先登と近づいて矢を放ち、敵戦に体当たりをし乗り込んで白兵戦に持ち込んでいった。
蒙衝も同じように、敵戦に体当たりをして船に乗り込んで白兵戦を仕掛けていた。
先登も蒙衝も、乗っている人数は多くないのだが、曹操軍の兵達は船酔いで戦える状態では無かった。
楼船に乗っている蔡瑁は、自軍の形勢が不利になっているのを見て分かっていた。
撤退して態勢を整えるべきなのだが、出陣の時に大口を叩いた手前、そう簡単に引けば曹操に顔向けできなかった。
「報告っ。蔡勲様が敵の矢に当たり討ち死にされました!」
「なにっ、蔡勲が⁉」
弟が討たれたと聞いて、蔡瑁は自軍の士気が下がった事を悟る。
このままでは、まずいと思い撤退を命じる。
引き鉦が鳴り響くと、蔡瑁軍の船の船首が反転し後退を始めた。
「敵が退いたぞ! 追撃せよ⁉」
蔡瑁軍が撤退するのを見た凌操は追撃を命じた。
自分が乗る船を先頭に駆けだしていく。
撤退する蔡瑁軍の最後尾に追いつこうとしたが、横から見慣れない船団が見えた。
船には甘の字が書かれた旗を掲げていた。
「何者か⁉ 我こそは孫権軍の将である凌操である!」
凌操は大声で名乗り上げるのを聞いて、甘寧は笑い出した。
「ははは、貴様のような田舎者の名など知らんわ。冥土の土産に、我が名前を憶えていけ⁉ 曹操軍にその人ありと言われている甘寧興覇とは、我なり、これでも食らえ!」
甘寧はそう言って、矢を放つと凌操の胸に突き立った。
「がはっ⁉」
「将軍⁉」
凌操は口から血を零しながら、数歩下がると船から落ちてしまった。
指揮する凌操が河に落ちてしまい、兵達は混乱状態に陥っていた。
其処に甘寧は船に体当たりする様に命じた。
船の体当たりを食らい、船に乗っていた兵達の殆どが河から落ちてしまった。
他の船も、同じように敵戦に体当たりを仕掛けていく。
落ちるのに堪えた者達は、甘寧自ら率いる乗り込みにより討たれた。
凌操の追撃に付き従った船団の制圧を終えると、甘寧は戦果は十分と思い撤退しようと思い、河を見ると凌操の遺体が浮かんでいるのが見えた。
正確に言うと、戦闘で破壊された蔡瑁軍の船の一部が河に流れていたが、それが引っかかり沈まなかったというのが正しかった。
それを見た甘寧は凌操の遺体を手繰り寄せて、自分達が乗っていた船に乗せて陣地に帰還していった。




