口火を切るのは
赤壁と烏林に陣地を築いていく両軍。
陣地がある程度出来上がると、曹操は天幕の家臣達を召集させた。
程なく、此度の戦に参じている将軍、文官達が全員集められた。
「皆、集まったな。これより、軍議を行う」
曹操が家臣達を見回して、全員いるなと分かると軍議の始まりを告げた。
すると、荀攸が口を開いた。
「我が軍は烏林に陣地を築いてから、既に数日は経ちました。その間、周瑜軍はこちらに戦を仕掛ける気配は見せておりません」
「それは、敵は陣地を築くので手一杯という事か?」
「どちらかと言えば、こちらの動きを窺っているというのが正しいですな。軍内に居る間者の報告では、何時でも出陣できるように兵達は準備しているそうです」
荀攸の報告を聞いて、程昱が顎髭を撫でた。
「こちらがどの様に攻めても撃退できるという自信があるのでしょうな。まぁ、周瑜率いる水軍は天下一と言われておりますので、そのような自信を持つのも分かりますがな」
程昱はそう言いつつ、蔡瑁に目を向けた。
その目は、お前は周瑜に勝てるのか?と言っている様であった。
他の者達も、程昱ほどではないが、勝てるのか?という思いを込めて見ていた。
針の莚の中に居る蔡瑁は、暫し考えた後、口を開いた。
「丞相。わたしに出撃の命を。必ずや、勝利を捧げます!」
「良かろう。水軍を率いて、見事勝利するがよいっ」
蔡瑁は出陣を認められると、一礼しその場を離れて行った。
蔡瑁が天幕を出て行くと、曹昂が話しかけて来た。
「父上。周瑜率いる水軍がどれほど強いのか分かりません。此処は斥侯を出して調べさせてから戦う方が良いと思います」
「周瑜率いる水軍の実力を見るのだ。一当たりしなければ分からんだろう」
「それで、荊州水軍を失う事になるかもしれませんよ」
「蔡瑁は其処まで無能では無いであろう。まぁ、そうなったとしても大丈夫だ。のぅ、甘寧」
曹操は家臣の列に居る甘寧に問いかけた。
「荊州水軍が失う事になった後は、お主が率いる水軍で周瑜と戦え」
「承知しました。ご期待に添える様にいたします」
甘寧が頭を下げるのを見て、曹昂は思いついたのか手を叩いた。
「では、荊州水軍の後詰をやらせましょう。蔡瑁率いる水軍が負ければ、追撃を防がせるのはどうでしょうか?」
「良い手だな。そういう訳だ。甘寧、任せたぞ」
「はっ。承知いたしました」
甘寧は一礼し天幕を後にした。
「・・・郭嘉。蔡瑁と周瑜、どちらが勝つと思う?」
曹操の問いに、郭嘉は直ぐに答えた。
「蔡瑁は卑しい性格ではありますが、水軍を率いる才はあります。周瑜の名は蔡瑁よりも有名です。それを考えると、周瑜の将才は蔡瑁よりも優れていると思います。此度の戦は、まず負けるでしょう」
郭嘉の予想を聞き、曹操を含めた皆は唸っていた。
「負けるか。さて、甘寧の活躍を期待しよう」
曹操がそう呟くと、天幕の外に控えている兵が入って来た。
「失礼いたします。今、丞相にお会いしたいという者が参っております」
「その者は名乗ったか?」
「はい。九江郡の蔣幹と名乗りました」
兵が名前を言うが、聞いた事がない名前なのか曹操は首を傾げていた。
「聞かぬ名だな。儂に会いに来たと聞くが・・・とりあえず会うか」
曹操は会う事にし、兵に連れてくる様に命じた。
少しすると、兵と共に男性が曹操達の前に来た。
男性は三十代ぐらいで、品がある身のこなしをしており、豊かな口髭を生やしていた。
中肉中背で、大きな目に平たい顔をしていた。
その男は天幕の中に通されるなり、一礼してきた。
「お初にお目にかかります。わたしは蔣幹。字を子翼と申します」
「儂が丞相だ。お主、何用で参った?」
「はい。詳しくは此処に」
蔣幹はそう言って、懐から封に入った手紙を出した。
曹操は許緒にその文を取りに行かせた。
そして、文を受け取ると中を改めた。
「・・・・・・ふむ。劉馥の推薦か」
文には劉馥の名が書かれていた。
他にも、蔣幹は優れた弁舌を持っている事と、周瑜とそれなりに親しい関係であるので、何かの策に使えるだろうと思い送ったという事が書かれていた。
(周瑜と親しいか。では、何かの策に使えるかもな)
どう使うかは、荀攸達と話し合ってから決めるとした曹操は、文を畳み蔣幹を見る。
「劉馥の推薦か。では、その力を我が下で振るうがよい」
「はっ。有難き幸せですっ」
曹操の言葉を聞いて、蔣幹は頭を下げて感謝の言葉を述べた。




