知る由もない
曹操軍が江陵から船に乗り出陣したという報は、直ぐに周瑜の耳に入った。
直ぐに進軍準備を整えつつ、密偵を放ち曹操軍の航路を調べさせた。
数日後。
荊州に放った密偵が帰還すると、曹操軍の行軍について報告した。
「なに、曹操率いる軍勢は船で進んでいたが、兵達の多くが病に罹り碌に進んでいないだと?」
「はっ。二~三日休んでは一日進むを繰り返しております」
密偵の報告を聞いた周瑜は手を叩いた。
「ははは、如何に曹操と言えど、病には敵わぬか。我らが戦う頃には、兵の半分以上は役に立たぬであろうな」
大軍と言えど、病に罹った兵など恐れるに足りないとばかりに、周瑜は喜んでいた。
「出陣の準備はどうなっている?」
周瑜は此度の戦で副将を務めている董襲に訊ねた。
董襲は孫策亡き後、呉夫人から後事を相談される程に信頼が厚い為、選ばれた。
「船の準備も終わり、何時でも出陣できます」
「良しっ。全軍に出陣の命を出せ!」
周瑜は出陣の命を下した。
命が下ると、兵達は船に兵糧武具を詰め込んでいく。
その様子を離れた所で、黄蓋は見ていた。
(曹操軍の兵の多くが、疫病に罹っているか。水軍は我らに一日の長がある。戦えば、勝てるかもしれんな)
そう思いつつ、程普が言っていた通りに負ける事もあり得るのではと考える黄蓋は、ある報告を待っていた。
其処に、兵の一人が駆けて来た。
「失礼します。・・・・・・・」
「・・・そうか。では、直ぐに用意を」
「はっ」
兵の返事をして離れていくのを見送ると、黄蓋は空を見上げた。
「・・・・・・大殿、孫策様。この老骨は出来る限りの事をいたします」
そう呟いた後、黄蓋は何処かに行ってしまった。
数日後。
周瑜率いる三万の軍勢は柴桑を出陣した。
船に乗り河を上がっていく。
曹操軍と違い、日頃から船に乗り慣れているからか、揺れる船内の中でも体調を崩す者は一人もいなかった。
順調に進む周瑜軍は、数日の内に江夏郡に入ってしまった。
「将軍。このまま進軍しますか?」
「そうだな。出来るだけ深く進みべきだ。我らの方が足が速いのだ。早くついて、我らが有利な戦場を作るべきだ」
「承知しました。各船にもそう伝えます」
兵は一礼し離れていくと、旗を持っている兵に合図を送るように指示した。
その指示に従い、旗は振られて各船に周瑜の命が伝わっていく。
周瑜軍は進み続けて行き、そのまま鄂県がある樊口を越えいき進み続けた。
やがて、夏口に辿り着いたが、董襲が此処で進軍を止めるべきだと進言した。
「これより先は荊州の奥深くだ。如何に曹操の支配下に入って日が浅いとはいえ、曹操の領土と言っても良い。長期戦となれば、我らは不利になるのでは? 呉郡には孫暠と韓綜。九江郡の劉馥が柴桑を攻撃するのでは?」
董襲の進言を聞いた周瑜は手を振った。
「韓綜は呉郡に入ったと聞くがそれ以上進軍する様子は無い。恐らく牽制であろう。劉馥も同じだ。曹操率いる軍勢が主攻という事なのだろう。であれば、曹操率いる軍を叩けば、二人は動くに動けんであろう」
周瑜の推察を聞いて、董襲も確かにと思い頷いた
「それで、まだ進軍を続けると?」
「うむ。敵の進軍は遅いようだから、出来るだけ進むつもりだ」
周瑜が進軍を続けると聞いても、董襲は反対せず受け入れた。
その翌日。
周瑜軍は夏口を発ち、河を上って行った。
それから、更に五日後。
文聘率いる五万の軍勢が夏口に辿り着くと、軍を駐屯させた。
これにより、周瑜は後方を遮断される事になったが、周瑜が知るのは、かなり後であった。