情勢を確認しつつ
江陵に居る曹操軍が戦の準備をしているという報は、直ぐに周瑜の耳に入った。
直ぐに戦支度を整えだした。
当然、その報は曹昂の耳に入った。
「そうか。周瑜も戦支度を整えだしたか」
「家臣達の中には、孫権に謀反を起こした事に反発する者は多いので、時間が掛っているそうです」
「報告だと、魯粛は屋敷に籠り、程普は海昬に籠っていると聞いているが、本当なのか?」
「はい。魯粛は屋敷の門に閂を掛けて出てきません。程普に至っては、兵を集めております」
「兵を集める? 周瑜と戦うつもりか?」
「それは分かりません。ですが、兵を集めているのは間違いないそうです。募った兵を調練を施しているそうです」
揚州に赴いていた間者からの報告を聞いた曹昂は顎を撫でる。
(兵を集めているのは、孫権の奪還か? もしくは何か考えがあるのか?)
一時であったが自分の配下に居たので、その人となりは知っている曹昂でも程普が何を考えているのか分からなかった。
(まぁ良いか。どちらにしても、周瑜の元には魯粛も居ないのだから、補佐できる者は居ない。それだけでも、周瑜からしたら手痛いだろうな)
魯粛と程普も居ない以上、周瑜は一人で策を考え、軍を指揮しなければならないので、負担が倍以上と言えた。
(上手くいけば、晩年の諸葛亮みたいに過労死するかな? まぁ流石にそれはないか)
そんなに都合よくいかないかと思いつつ、曹昂は間者を下がらせた。
部屋に一人になると、席に座る。
席の前には、この国の地図が描かれていた。
大まかな地名しか書かれていないが、今曹昂達が居る江陵と周瑜がいる柴桑は書かれている。
二つの地の間にある河や地形なども描かれていた。
その地図を見つつ、曹昂は茶を啜っていた。
(江陵を出陣し、河の流れに任せて進めば揚州に入れるが、その前に周瑜が柴桑に進ませない様にするだろうな)
もし、そうなれば周瑜は何処に布陣するか考えていると、可能性としてはある場所を想像した。
(史実通りなら赤壁か。もしくは別の地だな)
地図を見つつ、曹昂は自分ならどこに布陣するか考えていた。
余談だが、赤壁の戦いは長江の赤壁(現在の湖北省咸寧市赤壁市)において起こった戦いと言われているが、その戦場になった場所は長江の漢水沿いに数箇所存在していると言われている。
一番有力なのは、長江南岸に位置する赤壁山付近と言われている。
そう考えつつ、席の前に置かれている膳にある皿に、山の様に盛られている物に手を伸ばした。
それは、淡い褐色で円盤状の形をしていた。
二枚の円盤状の中に、小豆色がした物が挟まれていた。
小豆色の物の中には、小さい豆が幾つもあった。
曹昂はそれを、一口分噛んで咀嚼した。
「・・・うん。どら焼きは粒あんだな」
曹昂は食べている物の味を楽しんでいた。
将兵は準備しているが、曹昂としては暇なので厨房に入りどら焼きを作っていた。
どら焼きの餡子の部分は、糧食として持ってきた羊羹を鍋に入れて溶かして煮詰めて餡子にした。
丁度粒あんであったので都合よかった。
そうして、食べ進んでいくと、餡子の中に黄色い四角い形をした物が入っていた。
それを噛むと、塩味を感じさせた。
「うん。餡子と乳酪は美味しいな」
餡子と共に乳酪の塩味が、餡子の甘味を引き立てていた。
同時に乳の脂により、味にコクをだしていた。
「いやぁ、孫礼にバターを作らせた甲斐があったな」
厨房に行った時に、どら焼きを作るついでに孫礼に乳酪を作らせたのだ。
無論、孫礼にも与えていた。
そして、どら焼きを食べていると、今度は泡立てた生クリームが餡子と共に入ったどら焼きであった。
「う~ん。こっちは生クリームの甘味と餡子の甘味がぶつかる事なく引き立てているな。バター入りも良いが、こっちもこっちで捨てがたいな。このクリーミーな味は、生クリームじゃないと出せないからな」
曹昂は生クリーム入りのどら焼きを食べて、その味を堪能していた。
その後も、幾つも食べていたが、山の様に盛られているどら焼きはあまり減っていなかった。
「・・・・・・作りすぎたかな。誰かにあげるか」
曹昂は腹もくちくなってきたので、誰かにあげようかと考えていると、部屋の外に控えている趙雲が入って来た。
「失礼します。丞相が参られました」
「父上が。少し待て」
曹操が来たと聞いて、曹昂は皿に盛られているどら焼きを新しく積み直した。
それが終わると、通すように命じた。
趙雲は一礼し、曹操と共に戻って来た。
「これは、父上。どうされました?」
「うむ。少し話したい事があって・・・うん?」
曹操は話していると、曹昂の傍にある席に山の様に盛られている物を見つけた。
「それは、何だ?」
「これは父上が疲れていると思い、作った菓子にございます。形が銅鑼に似ているので、銅鑼焼きと名付けました」
「銅鑼焼きか。美味そうだな。儂の為に作ったか、親孝行よな・・・と言うと思ったか?」
曹操は目を細めた。
「えっ? 何故です?」
「口の周りに、こびりついていて言っては、そう思えんだろう」
曹操に指摘されて、曹昂は慌てて袖で口を拭ったが、袖には食べカスなどついていなかった。
「口を拭うという事は、やはり先に食べていたな。儂の為に作ったと言いつつも、本当の所は自分の為に作って食べていたのだろう? 其処に儂が来て、慌てて儂の為に作ったと言ったなっ」
「・・・・・・忙中に閑ありと言うではありませんか」
「お前も面の皮が厚くなってきたな。誰に似たのやら・・・」
曹操は首を横に振りつつ言うと、曹昂は内心で多分父上ですと思っていた。
「まぁ良い。儂にも食べさせろ」
「どうぞ、お好きなだけお食べを」
曹操は席に座り、どら焼きを食べて行った。
「むぅ、粒あんか。このふわふわした生地も甘く中の餡子も甘いので、悪くはないが。粒あんといのはな・・・むっ」
どら焼きを食べていると、曹操は中に入っているのが漉し餡ではなく粒あんで事に不満そうであった所に、突然目を丸くした。
「甘味の中に、突然の塩味。これは・・・乳酪か。餡子と乳酪は合わせてみるといけるな。乳酪の塩味で餡子の甘味が打ち消されると思ったが、塩味が甘味を引き立てている。それなのに、塩味が残っている。甘いのにしょっぱいという不思議な感覚だな。其処に乳の脂が混じり、味に深みを出しているな」
突然の塩味に驚いていたが、曹操はどら焼きを味わっていた。
食べ終えると、もう一つのどら焼きに手を付けた。
「おおおっ、これは先ほどと違い。甘いな。中に入っているのは、牛の乳の上澄みか。それを泡立てたものだな。このフワフワとした生地に、泡立てた牛の乳の上澄みもフワフワしているので、まるで霞か雲を食べている様だ。其処に粒あんの餡子の豆の食感を感じさせるわ。こちらも、餡子とよく調和しているわ。これは美味いのう」
曹操は乳酪入りのどら焼きよりも、生クリーム入りのどら焼きの方が好みの様であった。
その後、何個か食べた後「程昱達も頭を使い、策を立てているだろう。慰労を兼ねて持っていくか」と言い、護衛として連れて来た典韋に皿を持たせて、部屋を後にした。
曹操の背を見送りつつ、曹昂は内心で何しに来たんだろうと思っていた。
暫くすると、曹操は部屋に戻って来た。
「銅鑼焼きを食べてすっかり忘れておったわ。お主に訊きたい事があったのだ」
「はぁ、何でしょうか?」
「二喬を妾に迎えたいと思うのだが、お前はどう思う?」
曹操がそう訊ねてくるので、曹昂は暫し考えた。
「・・・・・・降伏した家の者を妾に迎えるのは、このご時世ではよくある話だと思います。其処は問題ないと思います。問題は、義母上だと思います」
「薔か。確かにな、あいつ日頃から儂が人妻と未亡人を迎える事に反対しておるからな」
曹昂の答えを聞いて、曹操は困ったとばかりに息を吐いた。
「・・・・・・其処は仕方がないから、鄴に連れて行って後は流れに任せればいいだろう」
曹操はなるようになるだろうとばかりに、考えるのを止めた。
「父上がそう言うのであれば良いかと思います」
曹昂は答えつつ、文を送った日数を考えれば、もう知っているだろうなと思っていた。