文を書いたついでに
魯粛から文を渡された周瑜が、顔を真っ赤にして戦支度を整えている。
揚州に居る間者からのその報を、江陵に居る曹昂は聞いていた。
「ふふふ、予想通り怒っているな」
報告を聞いた曹昂は笑みを浮かべた。
その為に、陳琳に文を書いて貰うように頼んだので、その甲斐があったなと思っていた。
後は、呉郡の孫暠を説得して韓綜に駐屯して貰い、陳登が内応や寝返り工作させるだけだと思う曹昂は優雅に構えていた。
報告した間者に、父にも伝える様に命じた。
間者は一礼しその場を離れていくのを見送ると、曹昂は考えた。
(父上は何時頃、出陣の命を出すだろうな。ああ、そう言えば)
陳琳に周瑜に文を書いて貰うついでとばかりに、丁薔に父の事で文を書いて貰った。
そろそろ、鄴に届いている頃かなと思いながら、北の方角を見た。
その頃、冀州魏郡鄴では。
丁薔が城内にある館で、卞蓮と共に茶を飲んでいた。
二人が仲良く茶を飲んでいると、卞蓮が突然笑い出した。
「どうかしたの?」
「いえ、姉さんは昔はあれだけ、わたしの事を嫌っていたのに、今はこうして仲良く茶を飲んでいるのがおかしくて」
「・・・・・・まぁ、あの頃の私は若かったのよ」
昔は卞蓮の事を、歌妓というだけで卑しい人と思い軽蔑していたが、それでも、良く仕えてくれた。
今では感謝しかなかった。
「旦那様の妻になって、此処まで来るとは思いもしなかったわ」
「それは、わたしも同じ思いです」
二人はほのぼのと話していると、部屋の外に控えている侍女が入って来た。
「失礼いたします。荊州の曹陳留侯からの文が届きました」
「あら、子脩から」
「何でしょうね」
丁薔が侍女から文を受け取り、広げ読んでいく。
『曹公は嘗て橋玄から、妻子を託したいと言われた。
その言葉により、曹公の名は世に知れ渡る。
曹公はそれに感謝し、橋玄の墓の傍を通りし時、人を遣り太牢の儀礼でもって橋玄を祀り、自ら祭祀の文を奉げる。
そして、文には必ず『契りに従い、いずれ妻子の面倒を見ます』と書かれた。
やがて、時が経ち揚州にて、橋玄の娘達は江東の二喬と謳われる程の美女にまで成長している事を知る。
その美貌は魚や雁も恥じらって身を隠し、月も恥ずかしがり雲に隠れて花も恥じらう。
されど、二喬は既に嫁いでいる。姉は孫策、妹は周瑜に。
曹公、それを知っても自分の妻妾に迎える気持ちに揺ぎ無し』
文を読み進めていく内に、丁薔の顔が強張って行った。
卞蓮は何と書かれているのか分からず、首を傾げていた。
「姉さん。どうかしたの?」
「・・・・・・」
卞蓮の問いに、丁薔は無言で文を渡した。
渡された文を広げ、読み進んでいくと、驚いた顔をしていた。
「・・・・・・旦那様は本当に人妻好きね」
「あの人は、限度という事を知らないのかしら?」
卞蓮の呟きに、丁薔は笑顔であった。
目が全く笑っていなかったが。




