無理やり、心の内を聞く
翌日。
江陵にある一室。
其処には魯粛が居た。
揚州に送った文の連絡を待っている間に、周瑜が謀反を起こした為、帰還する事が出来なくなった。
どうするべきか分からないまま、無為に過ごしていた。
このままでは、出陣の景気づけとして処刑されるかもしれないと思っていた所に、部屋の外に控えている兵が入って来た。
「曹陳留侯が参られた」
とだけ告げると、兵が下がると曹昂が護衛の孫礼を連れて入って来た。
曹昂を見るなり、魯粛は一礼する。
「今日はどのような御用で?」
「貴殿に頼みたい事がありまして」
曹昂はそう言って、袖に手を入れると、一枚の文を取り出した。
「これを周瑜に届けて貰いたい」
「この文をですか?」
封に入っているので、何が書かれているのか分からなかった。
魯粛はこの文を渡す意味が分からなかった。
「後、周瑜にこう伝えてほしい。劉備と手を結ぶのは愚策と」
「・・・・・・承知しました」
曹昂は伝える事を伝えると、その場を後にした。
魯粛は渡された文を握りながら、暫しその場に留まった。
暫くすると、供と共に江陵を後にした。
十数日後。
揚州豫章郡柴桑。
実権を握った周瑜が兵達の報告を聞いていた。
「文官の方々は、周瑜様のいう事に従うそうです」
「そうか。まぁ、大人しく従うのであれば、こちらとしても特に処罰はせんと伝えろ」
兵に命じつつ、従っているのは表向きで腹では何時、曹操に降伏しようか考えているだろうなと、周瑜は予想していた。
(面従腹背という奴だろうな。まぁ、反乱を起こさないのであれば問題ない)
周瑜としては従うのであれば、問題視していなかった。
それよりも問題があるからだ。
「申し上げます。程公が使者の説得に応じず、海昬の地に留まっております」
「ぬぅ、また駄目であったか」
文官達よりも、程普の方が周瑜にとって大問題であった。
孫権を幽閉し、家の実権を奪った後、武官達にも協力を求めた。
一部の者達は応じたのだが、殆どは日和見か協力を拒否するのであった。
そんな中で、程普だけは周瑜に抗議をした。
曰く、主君を蔑ろにするのは臣下の分を超えている。
曰く、亡き孫堅様と孫策様に、申し訳ないと思わないのか。
曰く、貴様の行いは、王莽と同じ。いずれ、主家に成り代わるつもりであろう。
曰く、その様な不忠不義の輩に従う道理は無し。
と言い、海昬の地に籠ってしまった。
それだけでは無く、噂で周瑜の行いを痛罵しつつ、孫権を逆臣より奪還すると言い兵を集めているという報告も齎されていた。
程普のいう事も間違いでないので、周瑜はとりあえず阿って兵を挙げない様に説得していた。
「黄蓋殿も協力を拒否された以上、誰も説得が出来ぬ。どうしたものか・・・・・・」
周瑜はどうやって、程普を説得しようか考えていると、兵が駆けこんできた。
「申し上げます。魯粛様が御戻りになられました」
「なにっ⁉ 魯粛が⁉」
江陵の使者に赴いていた友人が帰還してきたと聞いて、周瑜は驚きつつ喜んでいた。
そして、直ぐに魯粛は部屋に通された。
「おお、魯粛。無事であったか」
周瑜が労おうと近づき、魯粛の肩を触れようとしたが、魯粛はその手をはたいた。
バチンと音が出るほどに強く叩いた為、周瑜の手が赤くなっていた。
その音を聞いて、その場にいた兵達も啞然となっていた。
「・・・・・・周瑜殿。殿はどちらに?」
「と、殿は、今病に罹り療養中だ。その間、わたしが家中を纏めておる」
「さようですか。では、お聞きしたい。何故、降伏を反故に?」
「それは決まっておろう。逆賊曹操に従えば、揚州の地はあの者の好き勝手にされてしまう。あの者にこの地を好きにさせる事は出来ん。故にわたしは立ったのだっ」
周瑜がありきたりな理由を言うのを聞いて、魯粛は無言であった。
「そうでしたか。であれば、もう一つお聞きしたい」
「なんだ?」
「今、この状況を孫策様に申し開きが出来ますか?」
「ぬっ」
魯粛の問いに、周瑜は言葉を詰まらせた。
「お答えいただきたい。出来ぬと言うのであれば」
魯粛は腰に佩いている剣を抜いて、周瑜の首筋に当てた。
あまり知られていないが、魯粛は撃剣に長けており、剣の腕に覚えがあった。
周瑜も兵達も、早い抜刀に反応に遅れた。
兵達は慌てて得物を構えて、魯粛に向ける。
四方を包囲し、逃げる事が出来ないようにした。
「それ以上近づく出ない。この距離では、わたしが斬られる前に周瑜殿の首を斬れるぞっ」
魯粛は剣の柄を握る手に力を入れた。
「お前達、下がれっ」
魯粛の目を見て、本気だと分かった周瑜は兵達に下がるように命じた。
兵達は逡巡したが、その命に従い二人から距離を取った。
「先ほどの問いにお答えを。そのお答え次第では、貴殿の命を取らせていただく」
「馬鹿なっ。その様な事をすれば、お主は命を失うぞ」
「貴殿の不忠を止める事が出来なかった罪で、貴殿を殺して、わたしも死ぬだけの事っ」
魯粛は既に覚悟を決めている様で、力強く叫んだ。




