気持ちは分かるけど
魯粛が江陵に留まってから二日後。
曹昂は魯粛と会談を設けていた。
「こうして、会うのは初めてだが。自己紹介は必要だろうか?」
「いえ、不要です」
魯粛は固い声で答えた。
(わたしと会いたいと言うので応じたか。さて、何が目的なのか?)
魯粛からすれば、曹昂は敵の中でも特に要注意人物と言える者であった。
噂を聞いているだけでも、父曹操に劣らない傑物と言えた。
そんな人物が会いたいと言うので、何かあるとしか思えなかった。
(何で会いたいのか分からないので、どうしたら良いのか分からず固まっているな)
曹昂が魯粛と会談を設けたのは、単に孫家の状況はどうなっているのか聞きたいと思っただけであった。
揚州にいる間者から情報は手に入れているが、魯粛はどう思っているのか聞けるので、丁度良いと言えた。
昼という事で、茶と菓子だけ用意した。
菓子は従軍用に作られた羊羹であった。
「まぁ、話をする前に茶でも飲みましょう」
「ええ、・・・・・・あの、この円柱の様な形をしている物は何でしょうか?」
「これは羊肝餅です」
「おお、これがっ」
曹昂が菓子の名前を聞いて、魯粛は驚きつつ、ジッと見ていた。
「孫策様がご存命であった時に、蜜柑を食べた時に『羊肝餅の方が甘かったな」と零していた事がありましてな。周瑜殿は知らない様子でしたので、程公にお尋ねした所、納得された顔をされていました」
「ほぅ、孫策がそんな事を」
「ええ、それと此処だけの話なのですが。どんな味なのか気になっておりました」
魯粛は楽しそうな顔をしつつ、匙で羊羹を掬い口に運んだ。
「おお、噛むと砂糖の甘さが味わえれますな。食感も固めですし、腹持ちが良いですな」
初めて羊羹を食べた魯粛は驚きを禁じ得なかった。
味が気に入ったのか、茶を飲まず食べていた。
やがて、皿に盛られている分が無くなると、残念そうな顔をしていた。
「成程。これは孫策様が気に入ったのも分かりますな」
「そう言って頂けるとは嬉しい限りだ」
曹昂は茶を飲みながら微笑むと、魯粛も茶を飲もうとした時、部屋の外に控えている孫礼が部屋に入って来た。
「ご歓談中に失礼いたします」
「どうかしたか?」
「今、揚州にいた間者が、殿に会いたいと参っております」
「揚州の? 通せ」
何かあったのかと思い、曹昂は魯粛が居るのも気にせず部屋に通すように命じた。
孫礼が一礼し、部屋を出ると直ぐに戻って来た。
そして、部屋を出て行くと、曹昂は間者に訊ねた。
「それで、揚州で何かったのか?」
「はっ。数日前に、周瑜が兵を率いて謀反を起こしました!」
「ぶふううううううっっっ⁉」
兵の報告を聞いて、魯粛は口に含んでいた茶を噴き出してしまった。
せき込む魯粛を無視して、曹昂は問うた。
「周瑜が謀反を? それで、孫権はどうなった?」
「それが、兵を含めて誰も殺されてはいない様です。孫権は病気療養という名目で幽閉し、周瑜が実権を得ました」
「・・・・・・これは想定外だな」
報告を聞き終えた曹昂はそう呟いた。
ちらりと、魯粛を見ると唖然としていた。
同じ頃。
曹操の元にも、周瑜が謀反を起こしたという報告を届けられていた。
「ふむ。孫権は幽閉されたか。これでは、降伏は無くなったな」
孫権を降伏させれば、劉備を討つのが容易になるだろうと思っていたので、当てが外れたと思った。
だが、ふと思った。
(周瑜が謀反を起こしたという事は、これは思わぬ僥倖かもしれんな)
どんな理由で謀反を起こしたのかは分からなかったが、孫権を幽閉した以上、周瑜は臣下とは言えないと言えた。
だから、孫権の救援という名目で兵を出して、討ち取ったとしても問題ないと言えた。
もし、そうなれば周瑜の妻も手に入れられると言えた。
(くくく、大喬だけしか手に入らないと思っていた所に、妹の小喬を手に入れられるか。悪くないな)
曹操はそう思うと、笑いを抑える事が出来なかった。
やがて、周瑜が孫権に対して謀反を起こした事は各地に広まった。
後に、この謀反を『周家の変』と呼ばれる様になった。