時は今
曹操が荊州の統治を進めている頃。
揚州豫章郡柴桑。
城内にある大広間にて、孫権と周瑜、魯粛を含めた家臣達が荊州に放っていた間者からの報告を聞いていた。
「劉表は意識が無い為、代わりに息子達が降伏した為、荊州は一戦も交えず曹操に降伏しただと?」
「はっ。確認しましたので、間違いありません」
間者が断言するのを聞いて、家臣達はざわつきだした。
孫権も予想以上に早い降伏に、声を失っていた。
そんな中で、ただ一人魯粛だけは冷静であった。
「報告ご苦労であった。下がれ」
「はっ」
間者が部屋を出て行くのを見送ると、魯粛は孫権を見ながら述べた。
「荊州は既に曹操の手に落ちました。今は足場を固めているでしょうが、いずれ揚州に攻め込んでくるのは明白。ですので、殿、ご決断を」
魯粛は真剣な表情で訊ねた。
「決断と言うと、降伏か抗戦のどちらを選ぶという事か?」
「はい。どちらを選ぼうと、我ら家臣は殿に従います」
魯粛の言葉を聞いて、その場にいる家臣達は全員頷いた。
頷きはしているが内心では、降伏してほしいとか、徹底抗戦だと思っていたりした。
孫権は暫し黙りながら考えていた。
暫く黙考していたが、やがて重々しく口を開けた。
「・・・・・・降伏する。今の我らでは抗戦は難しいからな」
孫権の口から、降伏の言葉が出てきて家臣達は安堵し喜んでいたが、一部の家臣達は不満そうな表情を浮かべていた。
周瑜も不満そうな顔こそしていなかったが、何も言わないので何を考えているのか分からなかった。
「魯粛。お前が使者として発て。降伏の証しとして、親族を一人送ると伝えよ」
「・・・・・・その親族は大喬様という事で、宜しいですか?」
魯粛の問いに、孫権は無言で頷いた。
そして、評議が終わり解散となった。
魯粛は出発する準備をする前に、周瑜の元を訪ねた。
周瑜は屋敷の書斎におり、一人で何か物思いに耽っていた。
部屋に通された魯粛は声を掛けるのを躊躇う程に、何か考えている様であった。
すると、魯粛が部屋に入って来た事に気付いた様で、周瑜は咳払いをして視線を前へと向けた。
「魯粛か。使者の準備で忙しいであろう。何用だ?」
「周瑜殿が此度の殿の決断をどう思っておられるのかと思い、聞こうと参りました」
「そんな事を聞いてどうする? 既に殿は降伏すると決められたのだ。最早、わたしが何を言っても覆る事などしない」
魯粛の問いに、周瑜は愚問とばかりに言い放った。
その答えを聞いて、魯粛は周瑜と対面のなる様に座る。
「殿はそう決められた。ですが、貴殿はどう思っているのかは別です。本心を教えて頂きたい」
「言っても詮無き事であろう。言う必要もないな」
周瑜は頑なに本心を話さないので、魯粛は息を吐いた。
「であれば良いのです。どうか、軽挙妄動はせぬようにお願いします」
「分かっている。程公と共に降伏に反対する者達の説得をするとしよう」
「お願いいたします」
周瑜が説得してくれると言うのを聞き、魯粛は安堵してその場を後にした。
二日後。
魯粛は孫権の使者として、荊州へと向かった。
それから三日後。
荊州の曹操の使者が、孫権の元に参った。
入れ違いにこそなったが、孫権は降伏の使者を既に向かわせた事を使者に述べた。
それを聞いた使者は安堵した後、一応渡された文を孫権に渡した。
文を一読すると、孫権は書物を管理する者に渡して、部屋を後にした。
数刻後。
曹操の使者から文が来たと聞いて周瑜は、その文を手に入れて読む事にした。
「『我、天子の命を受けて賊を討つ為、兵を向ける。劉表成す術もなく降伏し荊州は我が方に降る。強兵八十万と名将千を率いて、貴殿と共に江東にて狩りを行おう。貴殿が天の道を誤らぬ事を願う』だとっ」
一読するなり、周瑜は無言で文を元のあった場所に戻し、その場を離れていき屋敷に向かうと愛馬に跨り供をつけず一人で城を後にした。
城を後にした周瑜は、一人で駆けていたが、ある場所にて足を止めた。
其処は墓石があり、石には孫策と刻まれていた。
周瑜は近くの木の枝に、馬の手綱を縛って停めた後、墓石の前に来ると跪き頭を垂れた。
「・・・・・・許せ。友よ。殿は此度の降伏で、お主の奥方であられる大喬様を献上される。そうする事で、この地を戦火から逃れさせるつもりだ。だが、もしそうすれば、曹操の事だ。調子に乗り、わたしの妻も献上せよと言うかもしれん。戦に負けたのであれば、悔しいが受け入れよう。しかし、一戦も交えず降伏して、妻を奪われるなど死に勝る屈辱っ。そのような事は断じて受け入れん!」
周瑜は墓石に向って頭を下げながら述べた。
「だから、もう他に手段はないのだ。わたしを恨んでも構わん。だから、どうか許してくれ。孫策・・・・・・」
周瑜は頭を下げつつ、嗚咽を漏らした。
暫くすると、周瑜は顔を上げて、何かを決意した顔をした。
そして、一部の武官達に集まるように声を掛けた。




