成程。こういう方法を使うか
劉琦と劉琮の沙汰を聞いた曹昂は、直ぐに曹操の元に訪れた。
部屋に入ると、今回従軍した郭嘉、程昱、荀攸、賈詡、沮授、田豊の姿もあった。
「これは、陳留侯。侯もこちらに来られたという事は、劉琦達の件ですな」
「ええ、父上に聞こうと思い来たのです」
程昱が訊ねて来たので、曹昂は述べた後曹操を見た。
「父上。此度の沙汰はどうなのでしょうか?」
曹昂の疑問を聞いても、曹操は泰然としていた。
「ふん、分からぬか?」
「全く分かりません」
曹操の問いに、曹昂が首を横に振りながら答えた。
他の者達も同じ思いなのか、頷いていた。
「・・・そうか。では、こう言えば分かるか。親が死ねば、子は喪に服するだろう。職を辞して」
曹操がそう言うと、程昱達はピンときたようで成程と頷いていた。
だが、曹昂だけは分からないのか、首を傾げていた。
(この時代では、それが普通だと思うが。しないと、罰せられると聞いているからな)
曹昂が分からない様子を見て、曹操は呆れた様に溜息を吐いた。
「はぁ、お前は賢いと思っていたが、親の欲目であったか」
至極残念そうに言うので、曹昂は困っていた。
「はぁ、申し訳ございません」
「もういい。分からないのであれば、お前の家臣に訊いてみろ。一人ぐらいは分かる者はいるだろう」
曹操は手を振るので、曹昂は一礼し部屋を出て行こうとしたが、ふと何か思い至った様で足を止めた。
「どうした?」
「・・・・・・昨日の夜、蔡夫人が父上の元に訪ねてきてませんよね?」
曹操は未亡人と人妻好きと世間では知れ渡っていた。
此度の劉琮の沙汰は、もしかして蔡夫人に閨でそうして欲しいと耳元に囁かれたのではと思い、曹昂は訊ねた。
そう訊ねてくるのを聞くなり、曹操は頭にカッと血を上らせた。
「馬鹿者‼ 下らぬ事を言うでないわ!」
「失礼しましたっ」
曹操の怒号を聞いて、曹昂は平謝りして部屋を出て行った。
部屋を出ると、控えている許緒に小声で「昨日の夜、蔡夫人は父上の元に来てないのか?」と訊ねるのであった。
許緒は本当に来ていないと答えたが、曹昂は疑っていた。
小声で話していたのだが、曹操の耳にはしっかりと聞こえていた様だ。
「下らぬ事を言ってないで、さっさと行かんか⁉」
怒号が聞こえて来たので、曹昂は足早にその場を離れて行った。
曹操の部屋を後にした曹昂は、用意されている部屋に家臣達を集めた。
諸葛亮とも合流し、皆は久しぶりに顔を合わせていた。
皆、諸葛亮が立てた功績を称賛していた。
当の本人は微笑むだけで、喜んでいるのかこの程度当然の事と思っているのか分からなかった。
「して、殿。我らを呼んだ理由をお聞きしても?」
「うむ。実はな」
曹昂は劉琦達の沙汰を皆に話した。
最初、全員どうしてそのような沙汰にしたのか分からなかったが、曹操が言った言葉を言うと、司馬懿、法正、諸葛亮、龐統はピンと来たのか頷いていた。
趙儼と劉巴は分からないのか、首を傾げていた。
趙儼達の反応を見て、普通はこうだろうなと思う曹昂。其処に丁度政務を行い席を外していた王異が部屋に入って来た。
「失礼します。お呼びとの事で参りました」
「ああ、王異。丁度いい所に」
曹昂は王異に劉琦達の沙汰を皆に話した。
すると、直ぐに分かったのか頷いていた。
「どなたがお考えになったのか分かりませんが。良い謀略にございますね」
「どういう事だ?」
曹昂は全く分からないので、王異に尋ねた。
「簡単な事です。劉表は明日をも知れぬ命。もし、今九泉に旅立てば劉琦と劉琮は職を辞して喪に服さねばなりません。そして、空いた州牧には、丞相の意に従う者を就かせれば、荊州の統治は誰にも恨まれる事無く進む事が出来ます」
「っ⁉ そう来たかっ」
王異に教えられて、曹昂は合点がいったとばかりに手を叩いた。
「しかし、そのような事をせずとも、劉琦と劉琮を何処かの州の州牧か刺史に就かせれば良いのでは?」
劉巴の疑問には、司馬懿が答えた。
「そうすると、大人しく降伏した劉表の家臣達が不満を抱くかもしれんからな。こちらの方が平和的に従えさせる事が出来る」
「その通りだ。家臣達の中には、あまりに時期が良すぎると思うだろうが、明日をも知れぬ命と言われているのだ。もし死んだとしても、皆病死と思い気にしなくなるであろう」
法正が司馬懿の言葉に続ける様に語りだした。
「そして、劉琦達を劉表の故郷に喪に服させるという名目で、荊州から追い出せば後々の統治に支障に出る事も無く足場を築く事が出来ます」
龐統がそう言うのを聞いた曹昂は首を傾げた。
「劉表の故郷? 襄陽には劉表の墓があると聞いた事がある。襄陽で喪に服するのではないのか?」
「襄陽では、荊州の統治に差し障ります。丞相の統治に不満を抱く者が、担ぎ上げるという事もするかもしれません。そうなる前に、荊州から追い出すのが良いでしょう。劉表は兗州山陽郡高平県の出と聞いた事があります。父の故郷で喪に服せと命じれば、誰も逆らう事は出来ません」
「ふむ。成程な。しかし、折角建てた墓を使わないというのも勿体ない気がするな」
「なに、喪が明けた時に墓に入れれば問題ありません」
龐統がそう言うのを聞いて、曹昂はそれならばいいかと頷いた。
翌日。
曹操の元に、劉表を診ていた薬師が来て、劉表が息を引き取った事を伝えた。
その際、薬師の傍で助手をしていた者が、曹操を見るなり頭を下げた。
曹操は頷いた後、薬師達を下がらせた。
程なく、劉表の葬儀が行われた。
喪主は揉めるかと思われたが、長男という事で劉琦が務める事になった。
蔡夫人が文句を言うかと思われたが、特に何も言わなかった。
葬儀が終わると、曹操は「劉表の故郷である兗州山陽郡高平県で喪に服せよ」と劉琦達に告げた。
劉琦達も逆らう名分もないので、受け入れるしかなかった。
その後、劉琦、劉琮、劉脩に蔡夫人を含めた一族の者達が、劉表の棺を持って高平県へと向かった。
劉琦達が居なくなると、曹操がしたのは、蒯越を呼んだ。
「お呼びとの事で参りました」
「うむ。お主に訊きたい事があってな」
「お伺いいたします」
蒯越がそう述べると、曹操はある事を訊ねた。




