挨拶回り
「お前の配下の諸葛亮は優れた才を持っているな」
「はい。そうですね」
曹操に褒められて、曹昂は誇らしげな顔をしていた。
「我らが進軍するだけで、荊州は降伏するだろう。問題は次の揚州だな」
「孫権と劉備ですね」
揚州で曹操が警戒する者達と言えば、この二人しかいないので名前をあげた。
それを聞いて、曹操は正解とばかりに頷く。
「荊州の統治をどの程度まで整えるかは、荀彧達が話しあっているから、その内決まるだろう。それよりも、揚州に攻め込む名分が欲しいな」
「そんなのは簡単ですよ。朝廷の命に叛く劉備を討伐と言えば十分です。孫権もその時に、降伏する様に迫ればいいでしょう」
「降伏すれば良し。降伏しない時は攻め滅ぼすか?」
曹操の問いに、曹昂はコクリと頷いた。
「悪くないな。では、攻め込む名分はそうするとしよう」
それで、話は終わりとばかりに曹操が手を振る。
曹昂は一礼しその場を後にし、丞相府を出た。
丞相府を出た曹昂は、その足で内廷に向った。
許昌に来たので、義理とは言え親族という事で、献帝に挨拶に向った。
先触れは出さなかったので、すんなり会えないと思い、今日会えずとも出兵前に会えればいいと思い向かっていた。
内廷を守る兵に、陛下に挨拶に参った事を伝えると、兵は酷く慌てていた。
「暫し、お待ちをっ」
そう言うなり、内廷へと駆けて行った。
走っていく兵の背を見送りつつ、無理なら無理でいいのだがなと曹昂は思いつつ見ていた。
そのまま少し待っていると、兵が駆けて戻って来た。
余程急いできたのか、曹昂の元に来た時には、肩で息をしていた。
「へ、へいか、お、おあいになりたい、そうです・・・」
「そうか。ご苦労」
「も、もうすこしで、あないのものもきますので、もうしばらく、おまちを・・・」
「ああ、分かった」
会えないのであれば会えないと言われても良かったのだがなと思いつつ、曹昂は案内の者が来るのを待った。
やがて、案内の者が来ると、孫礼を門前に置き、曹昂は案内の者の後に付いて行った。
案内の者の後に付いていき、そのまま進み続けていると、前方から華佗が歩いてくるのが見えた。
「これは、先生。奇遇ですね」
「曹陳留侯。お久しぶりです」
曹昂が一礼すると、華佗も返礼してきた。
「荊州の征伐をすると聞いております。曹陳留侯も出陣を?」
「ええ、出兵前に陛下にご挨拶をと思いまして。先生は?」
「わたしはこの度太医令の職に就く事になりましたので、陛下に挨拶に向っていたのです。ついでに、皇后の診察も」
華佗が脂習の後任に就いたのだと分かった曹昂は、納得して頷いた。
「皇后の病状はどうですか?」
「・・・・・・文にも書きましたが。一向に」
華佗が首を横に振りつつ、溜息を吐いた。
それを見て、曹昂は内心でこのまま治らないでくれと思いつつ、表面上は心配そうな顔をしていた。
「そうですか。ああ、診察でしたね。お時間を取らせて申し訳ない」
「いえいえ、お気になさらずに」
曹昂が頭を下げると、華佗は手を横に振った。
そして、二人は離れて行った。
華佗と別れた曹昂は、そのまま献帝が居る部屋まで案内された。
部屋に通されると、案内した者が「今、陛下をお連れ致します」と言い献帝を迎えに行った。
その間、曹昂は通された部屋の床に座り、献帝が来るのを待った。
そして「陛下のおなりです」という声を聞くなり、曹昂は平伏する。
献帝が部屋に入ると、平伏する曹昂を見て、ぎょっとした。
「お、おおっ、義兄上。その様な事をせずとも」
「いえ、陛下。臣は義理の兄とは言え、臣下にございます。臣下が平伏せず陛下を出迎えるなど、忠義に叛きます」
「そうかも知れぬが。貴殿は朕の義理の兄ぞ。そのような事をされては、申し訳ない」
「お気になさらずに」
「いや、顔をあげられよ。これでは、話も出来ぬ」
献帝は顔を上げて欲しいと頼み込んできたので、曹昂はゆっくりと顔を上げた。
「本日は陛下にご挨拶に参りました。お変わりない様で何よりにございます」
「うむ。朕は変わりないが・・・」
献帝は何か言いたげな顔をしていた。
「此処に来る前に華佗先生と会いました。皇后様の病状は変わりないようですね」
「うむ。義兄上が送ってくれた華佗は優れた腕を持っているが、それでも治る見込みがないようだ」
「そうですか・・・・・・」
曹昂は残念そうな顔をしつつ述べた。
その後、少し話した後、曹昂は部屋を後にした。
翌日。
曹昂は許昌にある屋敷で寛いでいると、文が届けられた。
文の送り主は荀彧であった。
書かれている内容は、込み入った話があるので、丞相府に来てほしいと書かれていた。
話と書かれているので、曹昂は荊州についての話と予想した。
(話のついでに、手土産を持っていくか)
曹昂は厨房に向った。




