過度な罰を与えるは
孔融の処刑が終わった二日後。
曹昂率いる五万の軍勢が許昌に到着した。
「やっと着いたな。他の州の兵はどうなっているのだろうな」
「許昌に近い陳留に居る我らもこれだけ時間が掛ったのです。他の州はもう少し時が掛るでしょう」
曹昂が呟きに、劉巴が答えた。
「まぁ、そうなるか。軍勢は城外に布陣する様に伝えてくれ。わたしは父上の所に挨拶に向かう」
「はっ」
劉巴が一礼し離れていくと、護衛の孫礼を連れて市内へと入って行った。
市内に入ると、市が立っていた。
その一画で晒し首が置かれていた。
首が置かれている台の傍には、その首の持ち主の身体が大雑把に置かれていた。
台の傍には「孔融」と書かれた立札が立っていた。他にも「この首を葬る事を禁じる」とも書かれていた札も立っていた。
それを見た曹昂は直ぐに孔融が処刑されたのだと察した。
(孔融一人だけという事は、妻と子供は罪から逃れたのか?)
孔融の家族構成を知らない曹昂は孔融の首の周りには、誰の首も無いので処刑されたのは、孔融だけなのだと分かった。
このまま、晒し首になるのかと思っていると、自分と同じよう様に晒し首になった孔融の首を見物している者達をかき分けて、進む者が出て来た。
年齢は五十代ぐらいの男で白い粗末な服を着ており、孔融の屍の傍まで来ると、哭泣しだした。
「文挙殿。あれほど、あれほど、丞相に対する態度を改めるべきだと申したのに。・・・・・・わしを見捨てて死んでしまうとは、これから誰と語り合えばいいのだ・・・・・・・ううう」
男は屍を撫でながら泣くのを見て、曹昂を含めた見物客達は吃驚していた。
巷では、曹操は孔融を嫌っているという話があった。
その為か、孔融に親しい者達も含めた多くの者が屍を引き取ろうとしなかった。
引き取れば、曹操の不興を買い、どうなるか分からないからだ。
だから、誰も引き取る事も、まして屍を前に泣く者もいなかった。
男は周りの空気など気にせず泣き続けていると、屍を引き取る為か棺を積んだ牛車がやって来た。
「う、ううう、よく来てくれた」
「あの、もしかして棺に積む屍は、もしかして・・・・・・」
男が手配して呼んだ人足達は、孔融の晒し首を見て顔を青くした。
人足達の顔色を見て、男は溜息を吐いた後「わしがやる。お前たちは運ぶだけでよい」と言い、男は棺の蓋を開けて、一人で孔融の屍を運び棺の中に入れる。最後に晒し首にを恭しく取り、棺にそっと入れて蓋を閉じた。
男は人足達に運ぶように指示した後、男が先頭になり歩き出した。
人足達は牛車を曳いて、男の後に付いて行った。
「・・・・・・そろそろ、行くか」
「はっ」
曹昂は男の背が見えなくなると、丞相府へ向かった。
丞相府に着くと、すんなりと部屋に通されたのだが、対面した曹操は不機嫌であった。
「どうされたのです。父上?」
「どうもこうもない。お前は知っているか? 孔融が処刑された事は?」
「はい。丞相府に来る前に晒し首を見ました。その時、孔融殿の知り合いと思われる者が首と屍を持って、何処かに行きましたよ」
恐らく、屍を葬りに行ったのだろうと曹昂は予想したが、話を聞いた曹操は怒りだした。
「馬鹿者! その場に居るのであれば、どうして運び出すのを止めなかった!」
「と言いますが、数日は晒し首にしたのでしょう。あのまま腐らせては、色々と問題があります。そうなる前に、誰かに葬って貰うのが良いと思い、止めませんでした」
「お前という奴はっ、儂が孔融の事を嫌っているのは知っていただろうっ」
「もう処刑したのですから良いではないですか。あのまま、放置させていれば、世間の者達に孔子の子孫に惨い事をすると言われますよ」
「ふんっ、そんなものどうでも良い。それよりも、元升をどうするべきであろうか」
「元升?」
「知らぬのか? 脂習の字だ」
「・・・・・・ああ、確か太医令を務めていた方ですね」
珍しい氏という事で、曹昂は名前と役職だけ憶えていたが、特に何かしたという訳でもないのでよく知らなかった。
「あやつは孔融と親しいという事で、既に官職は剥奪している。儂に対して敵対するわけでも、傲慢な事もしておらんので、官職を剥奪するだけでしたのだが、あやつめ、儂の温情を無下にしおって」
「友人だったのですから、弔う事ぐらいしても良いと思いますが」
「良い訳なかろうっ。捕らえて、改めて罪に処してやるわっ」
曹操は孔融を弔う事が気にらないのか、脂習を捕まえるつもりの様に話した。
「まぁ、父上。落ち着いて下さい。既に官職を剥奪したのですから、これ以上の罰を与えてはあまりに酷ですし、他の者達の反感を買いますよ」
「そんなものを恐れていては、何も出来んわっ」
「確かにそうですが。此処は広い心を持ちましょう。前漢の時代、王朝の重臣であった梁王彭越配下の欒布は燕王臧荼に仕えていましたが、臧荼は漢の高祖劉邦に反乱しましたが攻め滅ぼされ、欒布は捕虜となりました。その話を聞いた彭越は友人であった欒布を助ける為上奏して、彼の罪を購い、自分の部下にしました。その後、欒布が政務で他国に使者として赴いている時に、彭越は反乱の嫌疑をかけられて召し出されて三族皆殺しにされた。首は洛陽で晒しものになり、それを取ろうとする者は捕まえるよう命令されました。欒布はその首に対して復命し、彼の首を祀って哭泣たした為、欒布は捕まり、高祖は彼を煮殺そうとしましたが、欒布は『反乱の証拠も無いのに細かいことで殺しては、功臣たちは自分も危ないと思うのではないでしょうか。今、彭王がもう死んでしまったので、死んだほうがましです。早く煮てください』と言ったそうです。高祖はその誠実さに心が打たれたのか、都尉に任命しました。その後、欒布は呉楚七国の乱が起きた際、将軍となって功績を立てて、列侯に封じられました。それと同じ事をするのは、どうでしょう」
「・・・・・・つまり、お前は捕まえるなと言いたいのだな」
「どうとるかは、父上次第です。それで、どうします?」
「・・・・・・分かった。捕まえるのは無しだ」
曹操は脂習を捕まえるのを止める事にした。
「それよりも、父上。荊州の事は御存じで?」
「うむ。お前の部下は凄い事をしたな」
「そうですね」
曹昂もまさか、荊州を降伏させるとは思わなかったので、驚きが一入であった。




