こんな時に
龐統が諸葛亮の助言を聞き、行動している最中、曹昂の元に曹操からの文が届いた。
文には、中断された荊州征伐を行うので、至急兵を率いて許昌に向かうべきと書かれていた。
読み終えた曹昂は直ぐに出陣の命を下した。
留守居役は刑螂に任せて、五万の兵の準備をした。
兵の準備を劉巴と共に行っている曹昂の元に、孫礼が部屋に入ってきた。
「失礼します。荊州にいる間者が、殿に報告したいと参っております」
「ふむ。通せ」
孫礼が一礼すると、兵と共に部屋に入ってきた。
孫礼は直ぐに部屋を出ると、曹昂は間者に訊ねた。
「何か報告したい事があるのか?」
「はっ。武陵郡漢寿に居る劉表が倒れました」
「はぁ? また」
報告を聞いて、よく倒れる御爺さんだなと曹昂は思った。
「劉表の容体は?」
「長年の過労が祟って、倒れそのまま意識がないそうです。薬師の話では、このまま目覚めないまま九泉に行くだろうとの事です」
「家中はどうなっている?」
「蔡瑁殿が中心になって家中を纏めております」
「・・・・・・蔡瑁に文を。後父上にも文を送るか」
曹昂は直ぐに文を認めて、報告した間者に蔡瑁に渡すように命じた。
間者が一礼し部屋を出て行くと、直ぐに父曹操に文を送った。
それが終わると、兵の準備を再開しようとした所で、孫礼が部屋に入ってきた。
「申し上げます。諸葛亮殿が殿にお会いしたいと参っております」
「なに? 孔明殿が?」
突然諸葛亮が訪ねて来ると聞いて、曹昂達は何事か分からず当惑した。
とりあえず、会って話を聞こうと思い部屋に通した。
孫礼が一礼し離れると、直ぐに諸葛亮を連れて戻ってきた。
そして、孫礼が部屋を出て行くと、諸葛亮が一礼してきた。
「この度はお忙しい中、お時間を頂き誠に恐縮です」
「お気になさらずに。それよりも孔明殿。今日は何用で来たのですか?」
「はい。今日参りましたのは、荊州について参りました」
諸葛亮の口から荊州の言葉が出てきて、曹昂は何をするつもりなのか気になり、話の続きを促した。
「わたしの叔父諸葛玄は劉表とは旧知の仲。その縁で荊州に住まう事が出来ました。その縁を使い、わたしが劉表の嫡子である劉琦を説き伏せてご覧にいれます」
「はあっ⁉」
諸葛亮の口からでた提案を聞いて、曹昂は耳を疑った。
「いやいや、劉表を説き伏せるというならばまだ分かるが、息子の劉琦は会った事がないのであろう?」
「はい。一度も会った事はありません。ですが、荊州に暮らしていた事から、人となりは聞いております。ですので、問題はありません」
「そうかもしれないが。何故、劉琮も説き伏せないのだ?」
曹昂が疑問を呈すと、諸葛亮は笑った。
「叔父の蔡瑁に逆らう事など出来ない者など説き伏せる意味がありません。それに、蔡瑁は既に曹丞相と繋がっているのでしょう?」
「・・・・・・龐統から聞いたか?」
「いえ、曹兗州牧の荊州での戦いぶりを聞いて、そう判断しました」
戦いぶりを見ただけで、そう思う理由が分からず曹昂は劉巴を見た。
劉巴も、どうしてそう思ったのか分からない様で首を横に振った。
「曹兗州牧は南陽郡を手に入れ黄祖が持つ水軍を破りました。そして、荊州北部で要と言っても良い襄陽を取りました。その際、蔡瑁の水軍と戦ったと聞いておりません。荊州を手に入れるには、この水軍は脅威です。それを叩かないという事は、曹丞相と繋がっており、何時でも裏切る準備が出来ているという事でしょう」
諸葛亮の分析を聞いて、曹昂は目を大きく見開かせた。
(普通に考えて、それだけで分かる訳ないだろう。流石は司馬徽から臥竜と言われるだけはあるか)
僅かな情報を得ただけで、其処まで思い至る見識に曹昂は唸っていた。
そして、もう隠す事はないと思い、曹昂は蔡瑁とはある契約を結んだ事で通じている事を話した。
「成程。そういう訳でしたか」
「という訳で、劉琮の方は問題ない。劉琦も後ろ盾など無いのだ。説き伏せる事などしなくても、荊州を手に入れば降伏するだろう」
「それは早計ですな。後ろ盾がないからこそ警戒すべきなのです」
「どういう事だ?」
「荊州を手に入った後、曹丞相の支配下に入る事に不満を持つ者は必ず出ます。その者達が劉琦を担ぎ出して反乱を起こすかもしれません」
「むっ、そういう場合もあるか・・・・・・」
諸葛亮に言われて、荊州を手に入れた後の事を失念していた事に曹昂は気付いた。
(伊籍の願いで荊州の刺史にすれば良いと思っていたが、そういう可能性もあるか)
そうなるかもしれないと思うと、劉琦を取り込んだ方が良いと考えた曹昂は諸葛亮を見た。
「では、孔明殿。貴方は劉琦を説き伏せる事が出来ると」
「はい。曹兗州牧の伝手で、会えるようにして頂けますか? それだけしてくれれば、後はお任せを」
「そうだな。では、お任せしようと言いたいが」
曹昂は諸葛亮をジッと見た。
「貴方は、わたしの食客。そのような事をしなくても良いと思うが?」
「そうですね。貴方に仕えるのも良いと思いました。ですので」
諸葛亮はそこまで言うと、膝を曲げて拝礼する。
「諸葛亮。字を孔明と申します。今この時より、曹兗州牧を我が主を戴きたいと思います」
諸葛亮がそう述べるのを聞き、曹昂は思わず腰をあげた。
「・・・おおっ、孔明殿。お顔をあげて下され」
曹昂は諸葛亮の元に行き、手を取り立つように促した。
「我が君。これより、わたしが持つ全ての才を使い、我が君が進む道をお支え致します」
諸葛亮がそう言うのを聞いて、曹昂は内心で喝采していた。
そして、諸葛亮は曹昂の命を受けて、荊州へと向かった。