心は決まった
冀州魏郡鄴県。
城内にある一室で、曹操は曹昂から送られた文を読んでいた。
「・・・・・・郭嘉。どう思う?」
曹操は読み終えた文を、傍にいる郭嘉に見せた。
渡された文を一読すると、顎を撫でた。
「若君は南征はいつ頃するつもりなのか訊いておりますね。丞相はどのようにお考えで?」
「冀州と幽州の混乱も落ち着き始めて来た。そろそろ、荊州に攻め込んでも良いと思うが・・・」
曹操は、心が決まらないのか何かに躊躇している様であった。
「時期的に長期戦になりますと、雨季になりますね。ですので、短期で決めればよいと思います」
季節を気にしているのかと思い、郭嘉は提案するが曹操は思っている事と違う様で、首を横に振っていた。
「何を悩んでいるのですか?」
「韓遂の事だ」
曹操が悩んでいる事が分からないので、郭嘉は思い切って訊ねると、曹操はすんなり答えた。
「未だ、雍州の反乱は鎮圧されていない。韓遂に督戦の文は送るのだが、のらりくらりと躱していてな。儂が荊州に遠征に向った隙に反乱を起こすかもしれん。だから、南征に行けぬのだ」
「韓遂が反乱を起こした所で、夏侯淵殿に対処させればよいと思います」
「韓遂だけであればそうなのだが、涼州には宋建が居るからな。儂が居ない隙に手を結び手が負えない勢力になるかもしれん」
曹操はそれが懸念しており、荊州征伐に行く事を躊躇していた。
「後顧の憂いを断つために、韓遂を呼び出して処刑しますか?」
「罪をでっちあげるにしても、何の罪もない。それに、宋建と通じているという証拠もないからな」
流石に何の罪もないのに処刑も出来ないので、曹操はどうしたものかと考えていた。
郭嘉も何かいい案が無いかと考えていると、其処に部屋の外に護衛として控えている典韋が部屋に入ってきた。
「丞相。沮授殿がお会いしたいと申しております」
「沮授が? 通せ」
会いに来たと聞いて、曹操はついでに荊州征伐について相談しようと思い、部屋に入る事を許可した。
典韋が一礼し部屋を出ると、沮授を連れて来た。
そして、典韋が部屋を出て行くと、沮授は一礼する。
「丞相。お話ししたい事があり、参りました」
「何かあったか?」
「はい。わたしは天文を見るのですが、昨日の夜、揚州の空を見ると殺気が満ちておりました。これは、揚州が大乱に見舞われると思います」
「大乱だと?」
揚州は孫権が治めているので、混乱らしい混乱など起きないのではと思っていた。
とは言え、もし起きるのであれば、好機だと思えた。
「儂はそろそろ荊州の征伐を考えている。お主はどう思う?」
話を聞いた曹操は、沮授に南征について訊ねた。
「良いと思います。益州は漢中に張魯がおり動けません。揚州は大乱が起こるので援軍を送る事も出来ません。荊州を平らげる絶好の時にございますっ」
「雍州の韓遂と枹罕の宋建はどう思う? 儂が南征に行けば、あやつらは兵をあげるかもしれんぞ?」
「韓遂達が兵を挙げる前に荊州を取り、韓遂を威圧するのです。さすれば、韓遂は怯えてこちらの言う事に従うでしょう。上手くいけば、宋建も降伏するかもしれません」
「ふむ。成程なそういう手もあるか」
沮授の意見を聞いて、曹操は心を決めた。
「良し。儂の心は決まった。南征を行うぞ! 家臣達に兵を率いて許昌に集まる様に通達せよっ」
「「はっ」」
曹操の命を聞き、郭嘉達は一礼し準備に取り掛かった。
数日後。
孫権の従兄である孫暠が反乱を起こし、呉郡を掌握したという報告が曹操に齎された。
沮授が言っていたのはこれかと思っていたが、直ぐに続報が齎された。
「丹陽郡にて劉備が反乱を起こしました。また会稽郡の山越が劉備と手を組み、勢力拡大しておりますっ」
「・・・劉備め。やってくれるわ」
続報を聞いた曹操は、これで孫権は外に目を向ける余裕はなくなったと分かり、安心して荊州征伐に専念する事が出来た。




