酒乱による被害
周瑜率いる軍勢が山越討伐に出て暫くしたある日。
柴桑県内にある噂が流れていた。
曰く、程普が南郡太守に任じられた事で、劉表が部下に迎える準備が出来ている。
曰く、兵を集めて、劉表に寝返る準備をしている。
曰く、程普は孫権に愛想を尽かしており、曹操だろうと劉表でも誰でも構わないから寝返るつもりだ等という噂が流れていた。
当然、その噂は孫権の耳にも届いている。
噂を聞いた秦松などは、程普を弾劾するべきと声高に訴えていた。
だが、孫権はそれは噂であって、本当ではないと切り捨てるのだが、文官達の突き上げが激しかった。
その日も秦松達は程普を弾劾するべきと訴えていたが、孫権は聞き流していた。
評議が終わったので、孫権は苛立ちを紛らわせる為に酒を呷っていた。
乱暴に盃を口付けながら、酒で喉を潤していた。
何杯も飲んでいた為か、かなり酔っていた。
そんな状態の孫権の元に、護衛の兵が部屋に入ってきた。
部屋に入るなり、酒の匂いが漂い顔を顰めたが、直ぐに顔を引き締めて一礼する。
「申し上げます。魏騰様がお会いしたいとの事です」
「なに、魏騰が? ふん、何用か知らんが。明日にしろと言え」
気持ちよく酔っている孫権は、会う事を拒否した。
兵も部屋を出たのだが。
「主君に忠言する為に参ったのに、明日まで待てるか!」
そう大声が聞こえたかと思うと、誰かが部屋に強引に入ってきた。
その者は部屋に入るなり、室内のに漂う酒の匂いを嗅いで、顔を顰めた。
「殿っ、酒に酔っている場合ではありませんぞ!」
そう大きな声を述べる男は、魏騰。字を周林という男であった。
祖父は、党錮の禁が起きた時に、清流派の名士達の中で『八俊』の一人に選ばれている魏朗を持っていた。
真面目だが、何があっても自分の意見を曲げない頑固な性格を持っていた。
酒を飲んでいる所を邪魔された孫権は気分を悪くしていたが、魏騰は構わず話しかけた。
「殿、文官達が巷に流されている噂に惑わされ、程公を弾劾するべきと申しております。ですが、程公はそのようなお方ではありません。此処はハッキリと文官達にいらざる口を叩くなというべきですっ」
魏騰の意見を聞いて、孫権はそんな事は分かっているとばかりに眉間に皺を寄せた。
「分かっている。だが、わたしがなんと言っても、文官達は意見を引っ込める事はせんのだ」
「何と弱気な。此処は殿が強く言うべきなのです。さもなければ、文官達をつけあがらせるだけですぞっ」
「そんな事は、お前に言われんでも分かっておるわっ」
「であれば、早く行動するべきですっ。さもなければ、韓当殿の二の舞になるかもしれませんぞっ」
孫権が気にしている事を、突き刺すように指摘する魏騰。
それを聞いた孫権は一瞬だけ苦い顔をした。
「そ、そんな事はお前に言われんでもわかっていおるわっ」
「分かっているのであれば、行動するべきです。殿がこのまま何もしなければ、程公が変心するかもしれないのですぞっ」
「五月蠅い! どうするかはわたしが決める事だ。お前が口を出す事ではない!」
「主に至らぬ所があれば、正すのが家臣の役目にございます。殿が、考えが至らぬからこそ申しているのです!」
「貴様っ、それが主君に対していう事か⁉ 者ども、こやつを牢に入れよっ。明日にでも処刑にしてくれるわっ」
孫権がそう言うと、部屋の外に控えていた兵達が魏騰を拘束し、部屋の外に連れ出していった。
翌日。
朝目覚めると、酔いが醒めた孫権が評議に向かおうとした所に、家臣の一人が来た。
その者はどうか、魏騰の処刑を辞めてほしいと告げた。
それを聞いた孫権は言葉の意味が分からなかったが、直ぐに昨日の事を思い出した。
そして、直ぐに怒りを再燃させた。
「黙れっ。魏騰の罪を赦すような意見をした者も、魏騰と一緒に死罪に処するぞ!」
そう大声で告げた。
それを聞いて、誰も魏騰の罪を赦す様に意見する者はいなくなった。
程なく、魏騰は処刑された。
その処刑により、文官達はこれ以上、程普の事でこれ以上の突き上げはしない方が良いと判断した。
以降、文官達は大人しくなった。
孫権はこれでまともな評議が出来ると安堵していた。
だが、文官達が孫権の事を、このまま自分の主君にしてもいいものかと考えている事など、及びもしないのであった。




