親子
益州蜀郡成都県。
県城内にある大広間にて、劉表が送った李厳が益州州牧の劉璋と謁見していた。
上座に座っているのは、四十代ぐらいの男性であった。
栄養のよさそうな艶のある顔に加えて、ふっくらとした頬を持っていた。
豊かな口髭を生やしており、身長は平均的だが、太い腹を持っていた。
この上座に座る男性こそ、益州州牧である劉璋。字を季玉であった。
「であるからして、我が主は劉益州牧と同盟を結び、曹操と対抗したいと申しております。どうか、お聞き届けを」
李厳はそう言って、深く頭を下げた。
「うぅむ。そのような大事は、わたしの一存で決める事は出来ん。家臣と話し合って吟味してから答えるとしよう」
「はっ。承知しました」
李厳はそう答え、その場を離れていく。
李厳が部屋を出て行くと、劉璋の傍にいた男が訊ねた。
「父上。何を考えるのです。劉表と手を結ぶ事はありません。きっぱりと断るべきです」
劉璋にそう述べるのは二十代ぐらいの男性であった。
すっきりと背が高く、髭は生えておらず引き締まり感じの良い顔立ちをしていた。
この男性は劉循と言い、劉璋の長子であった。
「劉表と我らは争う事もありませんでしたが、交流もありません。いかに同族と言えど手を組む必要などないでしょう」
劉循は強く発言するが、劉璋は唸るだけであった。
「だが、息子よ。今、劉表と手を結ばねば、曹操がこの地に攻め込んで来るかもしれんのだぞ」
「その時は、益州の要害を用いて撃退するのです。兵糧は潤沢にあり、兵も東州兵を含め精鋭ぞろいです。曹操であろうと誰であろうと、そう簡単に負ける事はありません」
「だがな。漢中には張魯がいるぞ。あの者は、朝廷から漢寧郡の太守に認められた事で、勢力が日に日に増しているぞ。弟が殺された事を恨んで、和睦に応じる事もせん。劉表と手を結べば、何とかできるかもしれんぞ?」
張魯は劉璋と仲違いした際、漢中郡を奪い独立し、勝手に漢寧郡と改称した。
朝廷は郡の名称を勝手に変えたというに、兵を差し向ける事はせず、張魯を漢寧郡の太守に任じていた。
密かに曹操と手を組んでいる事から出来る事であったが、そのような事を知らない劉璋からすれば、朝廷は張魯の存在を認めたとしか思えなかった。
「張魯など、所詮は戦を知らぬ邪教を奉じている男です。現に未だに他の郡を手に入れていないではありませんか」
「うぅむ。確かにそうかもしれん。だが、劉表はわたしを頼るという事は、余程窮地に陥っているという事だろう。そのような者を見捨てては、世の者達は、わたしの事を非難するのではないか?」
「そのような事を恐れては、益州を守る事は出来ませんっ」
「だがな・・・・・・」
劉璋の煮え切らない態度を見て、劉循は内心苛立っていた。
やがて、これ以上の問答をしては無駄と思い、会話を切って部屋を出て行った。
廊下を歩きながら、劉循は憤っていた。
「あの父はどうして、はっきりと決める事が出来んのだっ」
歩きながら、文句を言っていた。
(舅からの手紙では、劉表と手を結ぶ事はするなと書かれていた。だから、あれだけ言っているというにっ)
どれだけ言っても、曖昧な答えしかしない父に対して、劉循は劉璋に対して失望していた。
(このままでは、父と一緒に我が一族は没落してしまう。早く、命が下らないものか)
命が下れば、劉循はかねてより立てられていた計画を実行するつもりであった。
(一族存亡の為だ。父には悪いが、眠ってもらおう。永久に)
考え方が違うからか、劉循は劉璋を嫌っていた。
史実でも、劉備に負けた劉璋は荊州の公安県に移住させられたが、同行しなかった。
この事から、父と折り合いが悪かったと考えられていた。
だから、父を害する事に躊躇う様子もなかった。
廊下を歩く劉循は、私室に入り侍女を呼び膳の用意をさせて、酒を呷った。
同じ頃。
兗州陳留郡陳留県。
城内にある一室。
其処で曹昂は文を読んでいた。
「・・・・・・耳が早いというか、何というか。何処から、そんな情報を手に入れたんだ?」
文を読み終えた曹昂は溜息を吐いた。
文の送ってきたのは、父曹操であった。
書かれている内容は、王異という者を家臣にした事についてであった。
最初、女性を家臣にした事を非難するのかと思い読んでいたが、美人と聞いているので、一目見たいと書かれていた。
(これは狙っているのか? それとも、興味が湧いて見たいだけなのか分からないな)
どちらなのか分からず、曹昂は悩んだ。
暫し悩んだ後、返信を認めた。
文には、わたしの家臣なので、父上の妾にするつもりはありませんと書いた。
数日後。
曹操からの返信が届いた。
其処には「儂を何だと思っている」と力強く書かれていた。
その文を読んだ曹昂は内心で、人妻好きという悪癖を持った父と思っていた。




