忠義を見せる時
策を見破られた劉備軍が曹昂軍の追撃から逃れた先に辿り着いたのは、邾県であった。
敵の攻撃と逃亡により、多くの兵を失った為、今の劉備軍は三千ほどしか居なかったが、殆どの兵が負傷していた。
城内にある大広間にて、劉備は自軍の現状を聞いていた。
「戦力として使えるのは千ほどしかいないか・・・・・・」
劉備は、一割しか兵が居ない事に嘆いていた。
「んぎぎぎ、これでは籠城も出来ないではないかっ」
張飛は今の戦力がどれだけなのか分かり、歯軋りしていた。
そんな中で、公孫続と廖化は話をしていた。
「しかし、敵はどうやって、徐福殿の策を見破ったのだ?」
「分からん。蘇飛が寝返る際に、策を教えたのではないか?」
今回の策が何故見破られたのか分からず、二人が話していると徐福がその疑問に答えた。
「恐らく、わたしの友人が策を看破したのでしょう」
「貴殿の友人がですか?」
「はい。龐統と言い、わたしの師匠である司馬徽先生がその才を見て、鳳雛と称えた男です」
「何とっ。龐統はそれほど優れているのか?」
「わたしが瓦でしたら、あの者は玉にございます。到底及びません」
「それ程の者が敵に居るとは・・・・・・」
話しを聞いた劉備はこれから、どうするべきか悩んでいた。
「殿、最早我らが打てる手は二つしかありません」
室内に満ちる重い空気の中で、馬順が重々しく告げた。
「それは、何だ?」
劉備は藁に縋る思いで、馬順に訊ねた。
「一つはこの城を枕に討ち死に。二つ目は金蝉脱殻の計にございます」
馬順から出た計略を聞き、徐福は唸っていた。
「・・・確かに、今の我らにはそれしか出来んな」
「徐福、馬順。その金蝉脱殻の計とは如何なる計略か?」
「はっ。蝉が抜け殻を残して飛び去るように、あたかもその地に留まっているように見せかけておいて撤退させる計略にございます。楚漢戦争の折、漢の高祖が滎陽を項羽軍に包囲され、脱出も打開もままならず、ついには食料が底を着く窮地に陥った時に、謀臣陳平が、将軍の一人に高祖に変装させて、降伏を装うという策を提案したです。城を包囲していた楚軍は降伏と訊き、気が緩んでしまい、城の包囲が疎かになったのです。その隙に高祖は反対側の門から逃れ、本拠地まで戻って態勢を立て直すことに成功しました。その後、高祖に扮した将軍は激怒した項羽によって火刑に処されました」
馬順が金蝉脱殻の計とは如何なる策なのか説明した。
説明を聞いた劉備は直ぐに、何をするのか分かった。
「つまり、家臣の誰かがわたしに扮して、敵の追撃を防いでいる間に逃げるという事か?」
「今の我らには、それしか出来ません」
「殿、ご決断を」
徐福がどうするのか訊ねて来た。
劉備が悩んでいると、其処に兵が駆け込んで来た。
「申し上げます! 南より武装した集団が来ておりますっ」
「武装した集団⁉ 旗は?」
「麋の字が書かれておりましたっ」
「麋という事は、糜芳か?」
「あの者は、孫権の家臣になったのだぞ。孫権は援軍を送れんという文を受け取っている。あやつは来ないだろう」
「どうします? 殿」
「とりあえず、城内に入れるとしよう」
劉備はその武装集団を城内に入れる事にした。
武装集団が城内に入ると、その集団を率いている者が大広間に通された。
その者を見て、劉備は驚きのあまり立ち上がってしまった。
「び、麋竺っ。お前、何故此処にいる⁉ 揚州の屋敷で静養している筈であろうっ」
室内に入って来たのは、療養中の麋竺であった。
まだ、病は治っていない様で、頭に病鉢巻を捲いており、顔も青白かった。
一人で歩く事も出来ないのか、人の手を借りていた。
「ごほごほ、孫権が援軍を送れないという事を聞きまして、殿の御助けをしようと、私財を使い五百の兵を雇いました。ぐほごほ」
咳き込みながら、麋竺がこの地に来た理由を話した。
「しかし、殿は安陸県に居るのでは? わたしは、ごほ、補給の為に寄りましたが、殿達は何故?」
麋竺の疑問に劉備達は少し言うのを躊躇った。
皆言い辛いと思ったのか、徐福がその理由を話した。
「何と、では、この地に敵が来ると・・・・ごほごほ」
「ええ、今これからどうするか話している所でして・・・」
「成程。ならば、わたしから、一つ考えがございます」
「それはいったい、何ですか?」
「軍師殿達であれば、この計略を聞いた事があるでしょう。金蝉脱殻の計にございます」
麋竺の口から、馬順が提案した計略を聞いて、劉備達は耳を疑った。
「嘗て、漢の高祖はこの計略を用いて危機を脱したのす。ごほごほ、その故事にあやかり、殿達は逃げましょう」
「麋竺よ。それがどの様な計略か分かっているのか?」
「はい。殿、そして、その囮の役目はわたしにお任せを」
麋竺がその場に座り込み、頭を下げて頼んで来た。
「お前がっ、それは出来ん。お前は病に罹っているのだぞ。まして、お前は義理の兄なのだぞ。そんな役目を任せる訳にはいかん」
「どうか、お聞き届けを。薬師から、もう長くないと言われております。ならば、最期は殿の為に使いたいと思い、参ったのです」
「しかしっ」
「殿、どうか、お聞き届けを」
麋竺が頭を下げて願って来た。
その後、劉備は考えを翻意してもらおうと説得したが、麋竺は聞き入れなかった。
しまいには、聞き届けて貰えないのであれば、自害すると言いだした。
劉備は根負けして、馬順の策に従う事にした。
劉備がこの地に居ると思わせる為、牙門旗と兵の殆どを残し、劉備は張飛や家臣を含めた数十騎だけ従えて、密かに城を脱出した。
劉備が脱出した十数日後。
劉備を捜索していた曹昂軍は城に辿り着いた。