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孫堅、敗れる

 孫堅軍が虎牢関に到着し攻撃を始めてから数十日が経過した。

 しかし、どれだけ待っても兵糧を積んだ馬車は影も形も見せなかった。

 お蔭で兵は日に日に弱っていった。

 動員兵力が連合に参加している諸侯の中でも一番多い孫堅軍。

 その分、兵糧の消費も大きかった。

「一体、何時になったら兵糧が届くと言うのだっ」

 陣地にある軍議を行う天幕の中で孫堅が怒りに任せて卓を叩く。

 叩く度に卓は揺れて、上に乗っている物を揺らす。

「殿。御怒りは御尤もですが。抑えて下さい」

 程普が宥めるが、それでも孫堅は怒りを抑える事は出来なかった。

「馬鹿者‼ お前は日に日に弱っている我が兵達を見て何も思わないと言うのかっ」

 他人が集めた兵を無理矢理奪ったとはいえ、大事な兵である事には変わりない。

 そういう思いで程普に怒鳴りつける孫堅。

「殿。御怒りは分かりますが、徳謀殿に当たるのはお止め下さい」

 古くからの部下である祖茂も宥めてきた。

「分かっているわっ。それよりも袁紹殿に使者は送っているのだろうな?」

「何度も送っていますが『軍議の最中で忙しくて会えない』と言われております」

「では、袁術殿に兵糧を送る様に言って来たか?」

「何度も使者を送っているのですが『兵糧を積んだ馬車の護衛を選抜しているので、少し待て』としか言っておりません」

「そんな選抜する暇があるのであれば、さっさと送れ‼」

 部下の報告を聞いて火に油を注いだかのように怒る孫堅。

「ぬうう、程普。何か妙案はあるか?」

「妙案とは言えませんが、現時点で行えるのは二つだけです」

「それはどんな方法だ?」

 孫堅や周りにいる家臣達は身を乗り出す。

「一つは後方に下がって態勢を整える。もう一つは虎牢関を力攻めするしかありませんな」

「ならんっ。先鋒を買って出て後方に下がれば格好がつかん。それに虎牢関は堅牢だ。力攻めなど行えば、我が軍の被害が甚大になる」

「であれば、如何なさいますか?」

「……兵糧が来るのを待つしかなかろう」

「殿。それは」

「兵糧を監督している袁術とは親しくしている。まさか、我等を無下にはすまい」

 希望的観測であると分かっているが、それでも孫堅は願った。

 

 その夜。

 

 孫堅の希望的観測は叶う事はなかった。

 孫堅の陣地に火の手が上がった。

 孫堅軍の陣地に兵糧を焚く為の煙が上がっていない事に不審に思った副将の李粛が気になって間者を放った。

 戻って来た間者が皆「孫堅軍は弱っている」と言うので、自分が一隊を率いて間道から孫堅軍の陣地を攻める。その時に火の手が上がるのを合図に華雄が軍を率いて攻めれば孫堅の首を獲れると進言した。

 今宵は満月であるが、敵は弱っているので気付かないだろうと李粛が言うので華雄はその策を聞き入れた。

 そして、李粛が間道を通り孫堅軍の背後に出ると鬨の声を上げながら孫堅軍に襲い掛かった。

 夜陰に紛れて来た李粛の部隊は勢いそのままで陣地に入ると、火を着けたり見つけた兵を斬り殺しながら孫堅が居る天幕へと迫った。

「退くなっ。防げ‼」

 孫堅の部下達も夜襲に驚きはしたが、直ぐに防戦の指揮を取った。

 孫堅も愛用の古錠刀を振るい、向かって来る敵兵を切り倒していく。

 そのまま防戦を続ければ何とか撃退できると思ったが、其処に虎牢関の大扉の蝶番が音を立てて開いていく。

「それ、孫堅を生け捕って相国様への手土産にしろ。掛かれっっっ」

 華雄が斧槍を振り下ろして突撃を命じた。

 その号令に従い麾下の兵達は孫堅軍に襲い掛かった。

 その様子は羊の群れに襲い掛かる群狼の様であった。

 それを、見ても孫堅は防戦を指揮したが、麾下の兵達はそうはいかなかった。

 孫堅軍の大半は荊州刺史の王叡と南陽太守の張咨が集めた兵達で、別に孫堅に義理も忠誠心も無かった。

 ただ、強いので従っているという感じであったが、此処のところ満足に食事もしていない事で不満が溜まっていた。

 その為、我が身可愛さに逃げ出す者が続出した。

 それを見て、孫堅達は「逃げるな。取って返して戦えっ」と叫ぶが誰の耳にも入っていなかった。

 孫堅は悔しくて唇を噛む。噛まれた唇からは血が流れた。

「殿。最早、これまで。御逃げ下さい」

「・・・・・・仕方がない」

 程普にそう言われて、孫堅は苦々しい顔をして、馬に乗り逃げ去ろうとしたが。

「殿。お待ちを」

 祖茂が馬の乗ろうとしている孫堅を呼び止める。

「どうした。祖茂」

「先に謝ります。御免」

 祖茂はそう言って孫堅が被っている(さく)という朱金襴の兜を被っていたが、祖茂はその兜を奪った。

 その際、孫堅の髷を結んでいる紐も引っ掛けたのか解かれて、孫堅は落ち武者の様になった。

「祖茂‼」

「お叱りは九泉の下でお会いした時に聞きます。おさらばです‼」

 祖茂は孫堅から奪った兜を被り腰に差している二本の剣を抜いて今も孫堅軍を攻撃している華雄軍に突っ込む。

 ちなみに、九泉とは中国で言う黄泉の事だ。

「戻れっ。祖茂。戻るのだ‼」

 孫堅は喉が枯れそうな位に大声を上げるが、祖茂は聞こえていないのか聞こえているのか分からないが駆け出すのを止めなかった。

「殿。お早くっ」

「くつ、……許せっ」

 程普が急かしてきた。それを訊いた孫堅は一瞬目を瞑り謝罪の言葉を言うと孫堅は数人の部下と共に逃げ去った。


 孫堅の兜を被った祖茂は二本の剣を振りながら大音声を上げる。

「我こそは、江東の虎と世に名を轟かせる孫堅文台なり。この虎の首を取れるのであれば取ってみよ‼」

 祖茂は剣を振り周りにいる敵軍を斬り倒していく。

「ぎゃああっ」

「うぎゃああ」

 敵兵達は一刀で切り倒され、地面に倒れて赤い血を流し苦悶の表情を浮かべている。

 そうして斬り倒していくと、馬に乗っている華雄が姿を見せた。

「その兜、貴様が孫堅か。貴様を倒して、儂は関西の竜と名乗ってくれるわ‼」

「貴様如きが竜を名乗るとは百年早い。そして、貴様が私を倒すなど千年早いわっ」

「では、相手をするがいい」

「ははは、胸を貸してやろう」

 華雄が馬を駆けさせて祖茂は剣を構える。

 華雄は馬上から斧槍の一撃をみまった。

 体重が乗り馬上からの一撃を祖茂は剣で防いだが、その衝撃がかなり強い様で手が痺れた。

 祖茂が攻撃してこないので華雄は攻撃を続ける。

 華雄の斧槍は武器で分類すると、呂布が持っている方天画戟と同じハルバードである。

 違うのは槍の穂先の横に取り付けられている刃の形が違った。

 呂布のは三日月状の刃だが、華雄のは半月状の刃であった。

 普通の者であれば持っている武器ごと切り裂かれるであろうが、其処を祖茂は何とか防いでいた。

 しかし、それも長くはなかった。

「終わりだっ」

 華雄が振り下ろした一撃は祖茂が持っている二本の剣を叩き折り、斧の刃が祖茂の右肩に当たる。

「ぐふっ」

 当たった刃は骨でそれ以上進む事は防がれたが、それでも刃が当たったところから血が噴水の様に出る。

「ああ、祖茂‼」

 たまたま逃げ遅れた孫策達が華雄に攻撃されている祖茂を見て声を上げた。

「なに、こいつは孫堅ではないのか。ちっ、偽物か」

 孫堅が被っていた兜だったので孫堅だと思っていたが、偽物だと分かり華雄は騙されたと憤慨したが、孫策を見るなり考えを変えた。

「いや、此処で孫堅の息子を捕らえれば、戦功にはなるな」

 そう思い華雄は斧槍を祖茂の身体から抜こうとしたら。

「わか、わたしに、かまわず……はやく、おにげを」

「祖茂っ」

「おはやくっ」

 祖茂は最後の力を振り絞り、自分の身体に当たっている華雄の斧槍を掴んで抜かせない様にした。

「な、何をする。この死に損ないがっ」

「わか、おはやくっっっ」

「祖茂‼」

「若様は祖茂の命を無駄にしてはいけません。お早く」

「そうです。早く殿と合流せねば」

 側に居た黄蓋と韓当が孫策を捕まえて逃げるように促した。

「放せ。祖茂を助けるのだっ」

 孫策は二人の拘束を解こうと藻掻くが、黄蓋達の拘束が緩む事はなかった。

 別の部下が馬を二頭連れて来たので、黄蓋達は孫策を無理矢理乗せ、その後ろに跨がり鞭を打って馬を駆けさせる。

「祖茂‼ 祖茂っ‼」

「おさらばです、わか……」

 孫策は振り返り声を掛ける。その声に応えて祖茂は口から血を流しながら笑った。

 その笑顔は孫策が見た祖茂の最後の姿であった。

 祖茂のお蔭なのか、孫策達が駆けていると途中から孫堅と合流する事が出来た。

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― 新着の感想 ―
華雄さん、関西の竜て… 急にヤクザっぽくなる
[一言] おかしいと思うなら別の窓口試す。 怪しいと思うならこっそり別の知り合いに繋ぎを取る。 それこそ主人公なら年齢的にも違う視座を持つから、そちらを頼るでも良かったろうに。
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