攻めるのは、今しかない
河を下って行く蔡瑁は合流地点に着いたが、陣営どころか軍勢の影も形も無かった。
まだ、到着していないと思い暫し待機していると、其処に騎兵が駆け込んで来た。
蔡瑁が警戒する様に促すと、兵は蔡瑁達から離れた所で、馬の足を止めて降りて膝をついた。
「貴様、何者か⁉」
「わたしは黄将軍の部下にございます。黄将軍より、蔡将軍にお伝えする事が参りましたっ」
「黄祖は何処に居るのだ?」
「はっ。実は」
兵は黄祖がこの地に来れない理由を話した。
「なにっ⁉ 南陽郡の曹操軍の侵攻を許しただとっ!?ふん、黄祖め、警戒を疎かにしたなっ」
報告を聞いた蔡瑁は黄祖の不手際を嘲っていた。
内心で、情報が上手く使われた様だと思っていた。
「将軍。どうされますか?」
「どうもこうもない。我が水軍は、孫権からの援軍が来れば対処を。来ないのであれば、黄祖軍の側面を援護する為に派兵されたのだ。主攻である黄祖軍が撤退した以上、我らだけで劉備がいる西陵県を攻める事など出来ん。我らも撤退するぞ」
「はっ。承知しました」
副官の問いに、蔡瑁は撤退すると答えた。
副官も異論ないのか、直ぐに命を伝えにその場を離れた。
「では、わたしもこれで」
報告した兵も一礼し、その場を離れて行った。
蔡瑁は一人になると、誰も周りにいないからか、含み笑いしていた。
「これで、軍内部における黄祖の影響力が落ちるな。此度の策が上手くいけば、黄祖の影響力が増す所であったが、上手く妨害できたわ」
蔡瑁は一頻り笑った後、その場を離れて行った。
そして、軍勢と共に漢寿へと帰還の途に着いた。
同じ頃。
西陵県で籠城していた劉備軍であったが、何時になっても黄祖軍が現れなかった。
劉備はこれ幸いとばかりに安堵していた。
張飛は敵が来ない事に不満そうであったが、他の家臣達は劉備と同じ思いであった。
「敵に何かあったのかもしれません。此処は間者を出して調べさせましょう」
「そうだな。頼む」
馬順にそう訊かれた劉備は直ぐに命じた。
馬順は直ぐに黄祖軍が進軍してこない事を調べさせた。
数日すると、意外な報告が劉備に届けられた。
「なに、関羽が江夏郡に攻めて来た事で、黄祖は撤退しただと?」
「はっ。黄祖は安陸に入り対応している様です。関羽は県を幾つか落した後、南陽郡に帰還したとの事です」
間者の報告を聞いて、劉備達は耳を疑っていた。
単福と馬順だけは、劉備達の反応を見て首を傾げていた。
「まさか、関羽がな・・・・・・」
「偶然だろうか? それとも、殿を助けたのだろうか?」
「分からん。だが、どちらにしても助かったのは確かだな」
孫乾達は何故、関羽が自分達を助ける事をしたのか分からなかったが、とりあえず助かった事を喜んでいた。
張飛はどう反応すればいいのか分からず、唸っていた。
「・・・・・・黄祖は安陸県に居るのは確かなのだな?」
「は、はい。各地の対応の為に、配下の部将に兵を与えて各県に送りました。奪われた県を奪い返す為に、部下の蘇飛に兵を与えて攻める様に命じた様です」
「そうか。驚いた事は起きたが、当分黄祖は攻め込む事は無いという事だな」
劉備は安堵し、直ぐに籠城を止めるように命じようとした所で、単福が兵に訊ねた。
「黄祖が居る城にはどれだけの兵が居るのだ?」
「はっ。調べました所、三千ほどとの事です」
兵の報告を聞いた単福は馬順を見た。
馬順も単福が何を伝えたいのか分かった様で、頷いた。
「殿、今こそ千載一遇の好機にございますぞ!」
「なに? どういう意味だ?」
「黄祖は安陸県におり、三千の兵しか居ないそうです。ならば、今こそ全軍を持って攻め込み、黄祖を討ち取りましょう!」
「単福の提案に賛成です。此処で黄祖を討つ事が出来れば、江夏郡を奪う事が出来ます!」
単福と馬順が黄祖を討つべしと言うのを聞き、劉備達は目を丸くした。
「こ、黄祖を討つ⁉ 出来るのか⁉」
「我が軍だけでは流石に無理ではないか?」
「だが、黄祖は各地に兵を向けている。兵が少ない今であれば、攻められるのではないか?」
単福達の策を聞いて、張飛達は出来るか出来ないか分からず混乱していた。
張飛達はどうするべきか分からず、劉備を見た。
「・・・・・・城を攻めるには、守る側の三倍の兵が必要と訊く。我が軍だけでは城を落す事は出来んぞ」
劉備は好機と言う事は分かっているが、今の自軍だけでは兵力が足りないと分かっていた。
だから、冷静に無理だと断じる事が出来た。
だが、単福達はそれは分かってるとばかりに、答えた。
「勿論分かっております。兵を補充する案はございます」
「補充する方法があるだと? どうやってだ?」
劉備は未だ、借金が残っている状態である。何処からか金を借りるのは、無理があった。
「江夏郡には孫権が支配下に入っている県がございます。その県から兵を借りるのです」
「兵を借りるだと?」
「はい。孫権の命令と偽り、各県の県令から兵を借りるのです。そうすれば、兵を補充する事が出来ます。借りた後は、返しませんが」
「・・・そうか、その手があったか⁉」
馬順の案を聞いて、劉備は手を叩いた。
自分の頭では到底思いつかない策だと思い喜んでいた。
「では、直ぐに戦の準備をするぞ! 黄祖を討ち、この地を手に入れるぞ!」
「「「はっ」」」
劉備の号令に従い、張飛達は行動した。