生き方は人それぞれ
挨拶を終えた司馬懿はその足で、城外に布陣している軍の下に向かいそのまま陳留への帰路に着いた。
十数日後。
司馬懿軍は陳留に帰還した。
城内に入ると、沿道には多くの民が詰めかけており、歓声をあげて勝利を喜んでくれた。
司馬懿は軍勢を解散させると、法正と龐徳を連れて大広間へと向かった。
司馬懿達が大広間に着くと、既に上座には曹昂が座っており、側に劉巴と趙儼達も控えていた。
「司馬懿仲達。ご命令に従い馬超を撃退いたしました」
「ご苦労。報告は聞いている。よくぞ、馬超の反乱を鎮圧してくれた。妙才殿も喜んでくれているだろう」
曹昂が労うと、司馬懿達は頭を下げた。
其処に劉巴が口を出した。
「報告は聞いておりますが、司馬懿殿。少々やり過ぎでは?」
「さて、やり過ぎとは如何なる意味にございましょうか?」
司馬懿が訊ねると、劉巴が答えた。
「氐族の者達を皆殺しにするのは、敵に与した者達の見せしめとして行うのは分かります。ですが、馬超の妻子達を勝手に処刑するのは如何なものかと。夏侯将軍に申し立てをしてから行っても良かったのでは?」
「・・・しかし、長安に寄った時に夏侯将軍に任せると言われましたので、馬超に打撃を与える為に行いました。馬超の妻子を処刑した事で、雍州や涼州でも、反乱を起こす事は出来なく致しました」
「それは、敵の酋長である阿貴を腰斬の刑に処したのも関係しているのですか?」
「その通り。あれだけ、残酷な刑を行えば、今後は馬超に与する者は出て来なくなるでしょう」
司馬懿は間違いないとばかりに強く述べた。
「そうかも知れませんが。貴殿の行いで、殿に悪名が着く事を考えなかったのかっ⁉」
劉巴は憤慨しながら訊いて来た。
司馬懿が雍州で行った事は、兗州にまで届いていた。
曰く、司馬懿は雍州では馬超の反乱に与していない者達を処刑した。
曰く、捕まえた馬超の妻子を鞭打ち百回した後に、八つ裂きにした等という噂が巷に流れていた。
司馬懿を部下にしているという事で、曹昂にも恐ろしい噂が流れていた。
「気に入らない事を言う者がいれば、誰であろうと処刑するやら、人を苦しめるのが、何よりも好むと言う噂が流れているのだぞ。主に悪名をつけさせるとは、どう責任を取るつもりだっ」
「・・・・・・殿はわたしを向かわせる時に、好きにして良いと言われました。ですので、わたしが持てる才を使い勝利いたしました。その結果、わたしと殿に悪名が着く事となったという事でしょうな」
「その様な事を」
「いや、わたしは別に構わない」
劉巴の言葉に被せる様に、曹昂が述べた。
「勝利したからこそ悪名が着いたのであれば、何の問題も無い。むしろ、それだけ、世にわたしの名が響くという事になるだけの事だ。気にする事は無い」
「しかし、殿。一度悪名がつけば、それを払拭するのは時間が掛りますぞ」
「わたしの父は奸雄と言われている御方だ。その息子であるわたしに悪名が着いた所で、何の問題も無いだろう」
曹昂が笑顔で言うと、劉巴は押し黙る事しか出来なかった。
「ところで、折角雍州まで行ったのだ。何か面白い話はないのか?」
「それでしたら・・・」
曹昂の問いに、司馬懿は法正を見ると、頷いたので語りだした。
「ほぅ、趙昂の妻である王異が部下になりたいだと?」
「はっ。わたしの見た所、才はありそうです。何卒、お引き立てを」
「わたしからもお願い申し上げます」
司馬懿と法正が頭を上げて頼み込んで来た。
それを見た曹昂は顎を撫でながら、ある事を思っていた。
(あれ? 趙昂って馬超の蜂起で死んだっけ? 確か生き残って列侯になったとか、益州刺史になったって本で読んだ様な気がするんだけど?)
現状と自分の記憶の違いに、曹昂は考えていた。
「殿?」
「ああ、済まない。女人の身でありながら、戦場に立ち才を見せつけたのだ。将として十分であろう。良し、直ぐに登用すると文を送れ」
「ありがとうございますっ」
「王異殿は必ずや殿の期待に答えるでしょう」
曹昂が登用すると聞いて、司馬懿達は内心、やはりなと思いながら感謝を述べた。
「後、もう一つ、面白いかどうか分かりませんが。この様な者と会いました」
司馬懿は石徳林に会った事を話した。
「ふ~む。変わった者が居るのだな」
「学者に師事したというのに、隠者になるとは何を考えているのでしょうな」
「さて、隠者の考えなど分からないので、何も言えませんな」
話を聞いた曹昂達は変わった者が居るという反応しかしめさなかった。
「しかし、乞食よりも酷い格好をしていました。何故、その様な生活をするのでしょうな?」
司馬懿も不思議そうに語りだした。
「何を持って、人が幸せと思うかは人それぞれだからな。孔子も言っているだろう。疏食を飯い水を飲み、肱を曲げて之を枕とす。楽しみも亦其の中に在りと」
曹昂がそう語りだした。
疏食とは粗末な食事という意味だ。
この一文を簡単に言えば、粗末な食事をし水を飲み、肘を曲げて枕にする。そんな質素な暮らしの中にも、楽しみはあるという事になる。
それを聞いて、皆は納得とまでいかなくても、そういう人も居るのだと理解するのであった。
「兎も角、司馬懿達が勝利した事を祝おう。宴の準備を」
曹昂が命じると、直ぐに宴の準備が行われた。