勝利の裏で
楊千万が指揮する殿部隊は必死に防戦していた。
襲い掛かる龐徳軍の怒涛の如き攻勢を、何とか耐えていた。
だが、何とか耐えているだけで、いずれは決壊すると思われた。
其処に司馬懿率いる本隊が加勢に加わった。
二方面からの攻勢により、楊千万の部隊は瓦解していった。
「退け、退け!」
楊千万はこれ以上の抗戦は無理と判断し撤退を決断した。
声をあげ、得物を振るいながら撤退を促していた。
楊千万が声をあげて命じるのを、龐徳は少し離れた所で見つけた。
「あれは、敵将か。ならば」
龐徳は弓を取り矢を番えた。
弓弦を引き絞り、十分に狙いをつけると、放った。
風を切りながら真っ直ぐに進む矢は、楊千万の兜を貫き頭に突き立った。
楊千万は声をあげる事も無く、何が起こったのか分からない顔をしながら落馬し事切れた。
「ああ、楊酋長!」
「もう終わりだ⁉」
楊千万が倒れたのを見て、兵達は絶望の声をあげて、降伏しだした。
司馬懿軍が馬超軍を撃破している頃。
冀県城内にある一室。
其処にある寝台でうつ伏せになっている趙昂が居た。
背中にある傷口には布が巻かれているのだが、血が止まらない様で、赤く染めていく。
薬師は懸命に治療を行うが、血が止まる事は無かった。
其処に、王異が駆け込んで来た。
「先生。夫の容体は?」
「懸命に治療しておりますが、予断は許せません」
「そんな・・・・・・」
城を包囲していた馬超軍は撃退されたというのに、趙昂が死ぬかも知れないと分かり絶望する王異。
「ぐ、ぐぐぐ、つまよ・・・」
其処に趙昂が口を開いた。
話すのも苦痛なのか、苦しそうな声であった。
「旦那様っ、お気を確かにっ」
王異は趙昂の側に駆け寄り、手を握った。
「い、いくさは、どうなっている・・・?」
「お喜び下さい。朝廷からの援軍が来て下さり、馬超の軍を撃退いたしました! 我らの勝利です‼」
王異が大声で告げると、治療に専念していた薬師達は勝利したと聞いて喜んだ。
勝利の報を聞いて、趙昂も顔が緩んだが、直ぐに痛みで顔を顰めた。
「つまよ・・・わたしは、もうむりかもしれん・・・・・・」
「何を弱気なっ。月と英も貴方に会いたいと言っておりますっ」
「こ、こどもたちをたのむ、わたしがしんだあとは、もにふくさずともよい、よいおとこをみつけたら、えんりょすることないからな・・・・・・うっ」
趙昂は呻いた後、意識を失った。
それを見て、薬師は王異を押しのけて治療を行った。
その夜。趙昂は帰らぬ人となった。
加えて、今回の戦に参加した王異の一族の者達の多くが戦死したのであった。
冀県から逃亡した馬超は、適当な所で休憩を取っていた。
其処に同じく逃げ出した兵達から、冀県の状況を聞いた。
「楊酋長が討たれただと⁉」
「はっ、敵将龐徳の矢が当たり敢え無く」
兵の報告を聞いた馬超は地団駄を踏む。
「おのれっ、何故龐徳はわたしに仕えないで、敵に仕えたのだ!」
馬超は怒鳴るが、兵からしたら、そんな事分かる訳ないだろうと思っていた。
その後、馬超は憤っていたが、ようやく静かになった。
「こうなれば、羌族の力を借りるしかないなっ」
「あ、あの、漢中にいる張魯を頼らないのですか?」
漢中にいる張魯は強い勢力を持っており、馬騰や韓遂といった有力豪族達とも親しくしていた。
その縁で張魯に頼るのも良いのではと思い述べたのだが、それを聞いた馬超はジロリと兵を睨んだ。
「あんな邪教を信じる奴ら等信用できるか!」
馬超はそう叫んだ。
というのも、蜂起した当初は張魯に援軍を頼んだのだが『今は益州の劉璋との戦をしている最中で、兵を出す余裕は無い」と断ったのだ。
その後、調べてみると、戦をする気配も無いと分かった。
報告を聞いた馬超は日和見を決め込んでいるなと思い、頼るのを止めた。
(今漢中に行くのは、自分から俎板に上がる魚と同じだ)
直勘だがそう思った馬超は、此処は羌族の力を頼る事にした。
自分は羌族の血が流れているので、恐らく大丈夫だろうと思いこんだ。
「わたしは羌族の下に行く。お前達は好きにしろっ」
そう言い馬超は馬に跨り、駆け出した。
付いて来た兵達も行く宛てがないので、馬超の後を慌てて追い駆けた。




