このままでは
困惑している阿貴軍の兵達に、司馬懿軍の先鋒が声を大にして叫んだ。
「あんた~、武器を捨てて頂戴っ」
「とうちゃん~~」
「せがれよ。こっちにこい~!」
「息子っ、こっちにおいで!」
先鋒の者達が叫ぶのを聞いて、兵達は動揺していた。
声を聞いて、兵達はあれは我が子、我が妻、我が親ではと思い始めたからだ。
このままでは、自分の家族を殺す事になると思えば、動揺するのも無理ないと言えた。
「・・・・・・嬶っ」
兵の一人が、手に持っている得物を捨てて、先鋒に駆け出した。
そして、自分の妻を探して見つけると、お互いに涙を流しながら抱き合い無事を喜んでいた。
その光景を見た他の兵達も、得物を捨てて自分の家族が居るかどうかを探した。
続々と兵が逃げ出すのを見た阿貴は怒声をあげた。
「何をしている! 敵の先鋒と逃げた者達を殺せ!」
「で、ですが。あそこには我らの家族が」
「良く似せた偽物に決まっているだろうっ。これは、敵の罠だ! 早く攻撃せんか‼」
兵が窘めても阿貴は怒りを抑えず、攻撃する様に命じた。
その命を聞いた部将達は兵に攻撃を命じたが、兵達は頭を下げて懇願した。
「ど、どうかどうか、お許しを」
「あそこには、オラたちの家族がおりますので」
「ならん! 命に叛くと言うのであれば、お前達から斬る‼」
部将は手に持つ剣を見せながら告げた。
それを聞いた兵達は、もう我慢できないとばかりに手に持つ得物を突き付けた。
「き、きさまらっ」
「もう、おまえらの命はきけねえっ」
「オラたちは部族の為だけじゃなくて、家族の為に戦ってるんだっ。その家族を殺す事はできる訳がねえ」
「そんなことを命じるんだったら、あんたを殺すだけだっ」
「ま、まっ」
部将は言葉を続けようとしたが、兵達の得物に貫かれ断末魔をあげながら事切れた。
部将が殺されるのを見て、兵達は頷き、声をあげた。
「もう、こんな奴らに従えるかっ⁉」
「オラたちは朝廷に寝返るぞ‼」
兵達が声をあげると、他の兵達も同調した。
兵達が反乱を起こすと、阿貴軍の兵の殆どが反乱に従った。
兵の大多数が反乱を起こした事で、阿貴はこれ以上は戦えぬと思い、馬超の下に逃げようとしたが、反乱を起こした兵達に囲まれてしまい、捕縛されるのであった。
先鋒の声掛けで阿貴軍が混乱し、しまいには反乱が起きるのを見て、司馬懿は笑っていた。
「上手くいったな。これで、あの軍は問題が無くなったな」
反乱が起きている阿貴軍は、法正に任せる事にした司馬懿は龐徳を呼んだ。
程なく、兵に連れられ龐徳が来た。
「お呼びで」
「龐将軍。騎兵五千を率いて、城を攻撃している馬超軍の背後を攻めて貰いたい」
「承った」
龐徳が一礼し、直ぐに行動した。
「我らも続くぞ。太鼓を鳴らせ‼」
「はっ」
司馬懿の命により、兵が太鼓を叩いた。
戦場に重低音が響き渡り、司馬懿軍は進軍する。
同じ頃、冀県を攻撃している馬超は城が落ちない事に焦っていた。
「何をしているっ。早く城を攻略せぬかっ」
馬超がどれだけ声を荒げながら命じても、兵達の動きが悪く城の攻略は進まなかった。
其処に阿貴軍に属していた兵が駆け込んで来た。
「ご注進‼ 敵軍の先鋒と戦った阿貴酋長が捕縛されました‼」
「なにっ、何があった⁈」
報告した兵に詳しく訊ねる馬超。
兵はどの様な事があったのか、馬超に教えた。
「ぬううっ、敵が成紀県を落したのは、それを行う為であったかっ」
馬超は歯噛みしている所に、別の兵が駆け込んで来た。
「将軍。敵軍の騎兵部隊が突撃してきました。数は五千」
「誰が率いている⁉」
「龐の字の旗を掲げているので、恐らく龐徳と思われますっ」
「龐徳だと⁉ 何故あやつが⁉」
父馬騰の部下であった男に攻められていると聞いて、馬超は何故そうなったのか分からなかった。
「馬超殿。最早、この戦は負けだ。此処は、撤退し再起を図るべきだ」
「・・・・・・そうだな。此処は逃げるしかないな」
「うむ。殿はわたしが務める。無事に逃げるのだ」
楊千万が殿を務めると聞いた馬超は、任せたと一言だけ言って、護衛の兵だけ連れて戦場から離脱していった。
馬超が離れて行くのを見送ると、楊千万は兵に命じた。
「残っている兵を全て集めろ。負けるにしても、敵に一矢報いてやろうぞっ」
「はっ」
楊千万の命により兵は集まり、攻撃してくる龐徳軍と激しい干戈を交えた。




