言う事を聞くと
顕親県で、縄を打たれた閻温はそのまま馬超の下に連れて行かれた。
捕縛される際に暴れた所為か、服はボロボロで顔中は殴られた跡があり、唇も切れていた。
それでも、馬超を前にしても毅然としていた。
「お前が不審者か。何者だ?」
兵達の報告では、人目につかない様に駆けているので、声を掛けると逃げ出したので捕まえたと聞いていた。
だから、馬超はまだ目の前にいる者が、閻温だと分かっていなかった。
「・・・・・・」
馬超が訊ねても、閻温は答えなかった。
「将軍が訊ねているだろうが。答えよ!」
連れて来た兵が槍の棒の部分で殴打した。
強く打ち付けても、閻温は声をあげなかった。
殴打されても声をあげない閻温を見て、馬超は目の前の者が只者ではないと思った。
其処に側にいた酋長の阿貴が近づいて話しかけた。
「わたしの記憶が正しければ、あの者は上邽県令の閻温だ」
「なにっ? 何故その者が此処に居るのだ?」
「人伝に聞いた話だが、馬超殿が蜂起した時、閻温は馬超殿に与しないつもりであったのだが、上邽県にいる任養が馬超殿に従う事に決めた為、追い出したそうだ。恐らく、その後冀県に流れ着いたのだろう」
「成程な。その者が外に出たという事は、援軍を乞いに来たと思えばいいのだな?」
「断言は出来ぬが。恐らく」
阿貴の話を聞いて、馬超は頷き、殴打する兵を止めた。
「閻温。まさか、冀県にいると思っていたが、こうして会えるとはなっ」
「っ⁉ 何故、わたしを知っている⁉」
馬超の問いを、閻温は思わず答えてしまった。
カマかけであったのだが、返事を聞いて馬超は笑みを浮かべた。
「冀県にいる筈のお前が外に居るという事は、援軍を乞いに行ったのだろう。どうだ? 得る事が出来たのか?」
馬超は隠しても、拷問してでも吐かせると思いながら訊ねた。
問いかけられた閻温は少しの間無言であったが、突然笑みを浮かべた。
「ふ、ふふふ、援軍が来るのが怖いか? まぁ、援軍を乞う為に出たのだが、途中で見つかりこの様だがな」
笑いながら告げる閻温。
それを聞いて、馬超達は援軍は来ないと思った。
(だが、何時援軍が来るかどうか分からん。一刻も早く、冀県を落さねば。しかし、どうやって・・・・・・そうだっ)
馬超はどう対処するべきか考えていると、閻温を見て思い付いた。
「・・・ふっ、閻温よ。役目を果たす事が出来なかったのだ。このまま死んでは、犬死だな」
「何を」
閻温が話そうとしたが、馬超は遮るように述べた。
「だが、わたしもこれ以上血が流れる事は好まん。どうだ、お主が城に行き援軍が来ないから、降伏しろと言うのだ。そうすれば、お主を重く用いてやるぞ」
「・・・・・・二言はないか?」
「無論だ。だが、城に援軍が来ない事を告げるのだぞ」
「・・・・・・分かった」
閻温が頷くのを見て、馬超は笑みを浮かべた。
翌日。
その日も冀県は包囲されていた。
すると、突然包囲の一部が開いた。
其処から閻温が出て来た。
「あれは、閻温殿⁉」
「どうやら、敵に捕らわれた様ですね」
驚く趙昂達をよそに、閻温は近付く。
そして、息を深く吸った。
「城内にいる者達よ。聞いてくれ!」
声を大にする閻温。
城内に居る者達は、次の言葉を聞こうと静かになった。
「援軍を乞う為に城を出たが、敵の捕虜となった!」
大声で、敵に捕まった事を告げられ趙昂達は援軍は来ないのか?という思いが頭を掠めた。
「援軍は」
閻温は一度言葉を区切り、息を吸った。
そして、その場にいる敵味方問わず、閻温が次は何を言うのかと、傾聴していた。
「援軍は・・・援軍は来る! 援軍を率いていた方が来ると申していた⁉ 三日の内に救援が来るぞ! それまで耐えるのだ!」
大声でハッキリとそう告げた。
少しの間、静まり返ったが、直ぐに冀県城内から歓声が聞こえて来た。
逆に馬超軍の士気が下がって行った。
「わ、わたしを騙したな! 許さん! 見せしめだ。殺せ!」
謀られた馬超は怒りのまま、閻温を殺すように命じた。
兵達は閻温に近付き、手に持つ槍で突き刺した。
「ぶふっ⁉」
幾つもの槍で貫かれ、口から血を吐きながら閻温は倒れ、そのまま事切れた。
馬超は殺しても怒りが収まらなかった様で、死んだ閻温の首を斬りさらし首にした。
だが、それにより城内に居る兵達の士気が下がる事は無かった。