好機と思ったからか
冀県が包囲されて数十日が経った。
包囲の最初の頃に比べると、包囲の綻びのようなものが見えて来た。
より正確に言えば兵の士気が落ちているのが、目に見えて分かった。
包囲が長引いた事で士気が落ちているのだろうと思われたが、密かに間者を放ち調べさせてみると、驚くべき事が分かった。
「馬超と氐族の酋長と仲違いしているだと?」
「はっ。朝廷から送られた援軍により、成紀県が陥落した事で意見がぶつかりあっているそうです」
「そうか。報告ご苦労。下がれ」
趙昂は間者を労い下がらせると、側にいた閻温を見た。
「援軍が来てくれた様だな。これで、後は援軍が来るまで城を守れば、我らの勝ちだな」
「その通りだ。だが、援軍がこの城に何時頃来るのかが分からない事だけが不安だ」
閻温がそう述べるのを聞き、趙昂も唸っていた。
援軍が来ると知った馬超が、遮二無二に攻め込んでくる可能性があったからだ。
だが、兵糧も武具もまだ余裕があるので、このまま籠城していれば守れるのではと思えた。
「趙昂殿。此処は一刻も早く援軍を送る様に頼むべきではないか?」
「ふむ。それも悪くないが。その援軍を乞う使者は誰が務まるだろうか?」
「わたしにお任せを。必ずや果たして見せよう」
閻温が胸を叩きながら告げると、同じく部屋に居た王異が口を挟んだ。
「お待ちください。今の状態でも籠城は出来ているのです。此処は援軍が来るまで守りを固めましょう」
「奥方。気持ちは分かるが、相手は馬超だ。犠牲を省みず無理な攻めをして、この城を奪い取るつもりかもしれん。此処は一刻も早く来てもらうように、使者を送るべきだ」
「包囲されている城から出るのも大変です。仮に包囲を突破して援軍が居る県まで向かい、其処から帰り城まで戻るのは難しいです。此処は守りを固めましょう」
「うむ。わたしも妻の意見に賛成だ。閻温殿、此処は守りを固めましょう」
「いや、何としても向うべきだっ」
趙昂と王異がどれだけ説得しても、閻温は使者に向かうと言い続けた。
趙昂と閻温は同じ県令の為、命令に従わせるという事が出来なかった。
何時まで話し合っても閻温は意見を曲げないので、援軍の使者に向かわせる事にした。
その夜
趙昂達と別れの挨拶を交わした閻温は城近くに流れる河へと向かった。
河を泳ぎ、城外に出る事にした。
文を塗れない様に、服で包んで頭の上に乗せて紐で結び泳いだ。
見つからないように遠回りをした。
お蔭で、岸について周りをみたが、兵の姿は無かった。
閻温は濡れる身体を拭かずに、服を着て駆け出した。
服が水を吸い重くなるが、それでも駆けるのを止めなかった。
とりあえず、援軍が落とした成紀県に向かい、其処でも色よい返事を貰えなかった場合は長安に向かう事にしていた。
閻温は休む事無く駆け続けた。
そうして駆け続ける事、四日後。
成紀県に辿り着いた。
城壁には司馬の字が書かれた旗が掲げられていた。
「まずは、ここの軍の将に話そう」
喉はカラカラで、碌に休んでいない為に疲労困憊の閻温はふらふらと歩きながら、城へと向かった。