狼の本領
司馬懿の命による虐殺から逃れる事が出来た氐族の者達は、東へ逃亡していた。
そして、漢陽郡にある各県に辿り着くと、自分達が遭った事を県に暮らしている者達に話し出した。
女も子供も、老いも若いも関係なく皆殺されたと聞いて、皆震えあがった。
馬超に従う事に決めた者達は、自分達もそうなるのではと動揺が走った。
無論、その情報は馬超の耳にも入った。
「汧県で暮らす氐族の者達が皆殺しになっただと?」
「はい。運よく逃れた者達の話を聞いて、各県は動揺しております」
報告した者の話を聞き、百頃氐族の酋長である楊千万ともう一人の氐族の酋長である阿貴が顔色が優れなかった。
反乱にまだ与していない同族が虐殺されたと聞いて、悲しんでいる様であった。
そして、同時にこのままでは、自分達の一族も危ういと考えだした。
「馬超殿。此処は冀県の攻略を中断し、後方に下がり態勢を整えた方が良いと思うぞ」
「阿貴殿が申す通りだ。此処は成紀県に下がり、相手の動きを見よう」
二人がそう言うのを聞き、馬超は声を荒げた。
「馬鹿を言うなっ。この県を落せず、成紀県に下がれば、今我らに協力している者達は、曹操に寝返るかも知れんのだぞ。そんな事が出来る訳が無い!」
「だが、我らの拠点を奪われれば、兵の士気に関わるであろう。此処は様子を見た方がよいであろう」
「このまま攻撃を続ければ、この城を落せるのだぞ。そうすれば、この郡は我らの物になる。そうなれば、曹操軍と言えど、容易に手出しは出来ん」
「それはそうだが。ならば、成紀県に兵を回して守りを固めさせよう」
「せめて、そのぐらいはしてくれぬか」
今冀県を攻撃しているのは、馬超が率いる全軍であった。
成紀県には最低限の守りしかされていなかった。
「兵を割けば、その分攻略に時間が掛るだろう。その様な事は出来んっ。それに成紀県にはわたしの義弟である董种が守っているのだ。大丈夫だ」
「其処を何とか」
「馬超殿。成紀県には儂の娘でお主の妻だけでは無く、妾と子が居るのだぞ。もし、捕らわれる事になれば、どの様な目にあうか分からん」
楊千万が何とか兵を送ってと説得するが、馬超は頑として聞かなかった。
その後も、冀県の攻撃に並行して、馬超の説得は続いた。
同じ頃。
司馬懿達は隴県に居た。
氐族は虐殺されたという報を聞いて、県令は胆を潰した様で、司馬懿の軍勢を見るなり白旗を掲げた。
難なく橋頭堡を確保した司馬懿は情報収集の為に、間者を放った。
数日すると、間者が手に入れた情報を報告した。
「そうか。冀県はまだ落ちていないか」
「はっ。馬超軍の攻勢を凌いでおります。ですが、予断は許さないと思います」
「そうか。他に何か報告はあるか?」
「他は成紀県に氐族の集落がある事と、後馬超の妻子がいるそうです」
「ほぅ。その城を守っているのは、誰か分かるか?」
「馬超の妾の弟で董种という者が守っていると聞いております」
「ふむ。報告ご苦労。下がって良いぞ」
司馬懿は間者を労い下がらせると、側に居る法正を見る。
「成紀県に氐族の集落があり、馬超の妻子がいるか。しかも、その県を守るのは董种とかいう、よく分からん者か」
「これは好機です。司馬懿殿。急ぎ成紀県を攻撃し攻略しましょう」
「であるな」
法正の意見を聞いた司馬懿は直ぐに全軍に進軍の命を出した。
翌日には、司馬懿率いる二万の軍は隴県を立ち、成紀県へと進軍した。
疾風の如き速さで駆ける事二日。成紀県に着いた。
着くなり、司馬懿は城の包囲を命じた。それが完了すると同時に攻撃した。
成紀県には、千程度の兵しか居ない為、城は数刻も立たないうちに陥落した。
城内に入ると、司馬懿は兵達は要所を占領する様に命じた。
と同時に馬超の妻子を捕縛する命を出した。
城内が完全に占領される頃には、馬超の妻子を発見し捕縛するという報が齎された。
司馬懿が城内にある大広間にある上座に座っていると、縄で縛られた馬超の妻子と義弟である董种が兵に連れられてきた。
そして、兵に促され、皆跪かされた。
「確認の為に聞く。お主らが馬超の義弟の董种に違いないな?」
「・・・・・・そうだ」
もう逃げる事も出来ないと分かっているからか董种は諦めて、自分の立場を話した。
「そうか。では、其処にいる女子供は馬超の妻妾と子達だな?」
「そうだ。仮にも馬超殿の妻子だ。丁重に扱うが良い」
董种は此処は交渉の材料にならなければ、生き残れないと思いながら、良い待遇を求めた。
その言葉を聞いて司馬懿は冷笑した。
「これから、死ぬ者達の待遇を良くせよと。面白い事を言う」
「なっ⁉ 我らは馬超の一族なのだぞ。此処は殺さず、人質にした方が良いであろうっ」
「馬鹿を言うでない。一族の中に一人逆賊が出れば、三族皆殺しというのが通例よ。馬超は朝廷に反逆した謀叛人。その妻子であれば、首を斬りさらし首になるしかない」
司馬懿は兵に合図を送ろうとしたが、董种が声をあげた。
「ま、待て。こちらの馬超殿の妻であられる楊氏の腹には御子がいるのだ。せめて、見逃してくれい」
董种の申す言葉を聞いても、司馬懿は顔色を変えなかった。
「それは出来ん。もし、此処で楊氏とやらを見逃せば、いずれ家族の仇を取ろうと復讐するかもしれん。諦めて刑に服せよ」
「きさまあああ、それでも人か⁉」
董种は縄で縛られながらも立ち上がろうとしたが、兵達に押さえつけられた。
そして、兵達に連れられていく。
馬超の妻子達も同じように連れられていく。
子達は自分達がどうなるのか分かってるのか、涙を流しながら泣いていた。
泣く声が響く中で、刑は執行された。
城外には、台の上に董种を含めた馬超の妻子全員の首がさらされていた。
首の側には立て札が置かれており、其処には逆賊馬超の一族の首と書かれていた。




