それは最後の手段で
馬超が冀県を包囲し、数十日が経った。
だが、一向に落ちる気配を見せなかった。
馬超軍の陣地にある軍議を行う天幕で、馬超は怒声をあげた。
「他の県は降っているというのに、何故この県だけは、何時までも抵抗しているのだ⁉」
天幕の外にまで聞こえる程の声に、周りの者達は困った顔をしていた。
「馬超殿。気持ちは分かる。だが、怒った所で状況が変わる訳ではないのだぞ」
怒る馬超を宥める様に言うのは百頃氐族の酋長である楊千万であった。
この者は馬超を保護すると決めた時に、自分の娘を嫁に宛がった事で、一応馬超の舅になっていた。
その為か、怒る馬超を宥める役を担っていた。
「それは分かっているっ。分かっているが、このまま時間を掛けていれば、敵の援軍が来るかも知れないのだぞ。そうなれば、負けるかも知れんぞっ」
宥められても馬超は怒りを抑える事が出来ず、声を荒げていた。
其処にもう一人の氐族の酋長である阿貴が口を挟んで来た。
「なに、援軍が来た時には汧県にいる同族に反乱を起こすようにして貰えばよい。そうすれば、援軍もそちらの反乱に気を取られるだろう」
「・・・・・・そうか。そういう手があるのであれば良いが。城の方はどうなのだ?」
「敵は余裕がある様だ。此処は時間を掛けて攻略していくしかないな」
「承知した。腰を据えて攻めるとしよう」
馬超が焦らず攻略すると言うのを聞き、周りの者達は同意した。
同じ頃。
冀県の城壁にある楼閣。
其処で趙昂と王異の他部将達が集まっていた。
「兵糧の方はどうだ?」
「後、半年は持ちます。切り詰めれば、もう少し持ちます」
「武具の方はどれだけ持つ?」
「そちらも同じぐらいあります」
趙昂が部将達と意見を交わしていた。
他にも兵の損耗、城壁の被害等の報告を聞いた後、軍議は解散となった。
楼閣には、趙昂と王異の二人だけになった。
「妻よ。今の状況であれば、何とか援軍が来るまで守る事が出来るな」
「ええ、そうですね。ですが、油断はしない方が良いかと。相手は馬超です。その武勇の凄まじさから、錦馬超と謳われているのですから」
趙昂と王異が話をしていると、誰かが入って来た。
「御話し中に失礼する」
「おお、これは閻温殿」
入って来たのは上邽県令の閻温であった。
閻温が冀県にいるのは、ある事情があった。
それは、此度の馬超の蜂起で漢陽郡の県の殆どが、馬超に従った。
閻温は従うつもりはなかったのだが、漢陽郡には古くから四つの有力な豪族がいる。
それぞれ姜氏、閻氏、任氏、趙氏と言い郡中で幅を利かせていた。
上邽県は任氏の影響が強く、任一族の任養が馬超に従う事にした為、県令の閻温は追い出されてしまった。
そして、唯一抵抗している冀県に入り助力する事にしたのだ。
「それで、何用で?」
「今は籠城は出来ているが、何時までも出来るとは思わない方が良いだろうと思い、その時はどうするか話そうと思って来たのだ」
「そうでしたか。何か考えがおありで?」
趙昂はどの様な考えがあるのか訊ねると、閻温は誰にも聞こえない様に近付き小声で話す。
「もし、籠城するのが難しくなった場合、わたしがこの城を出て長安に向かい、援軍が来る様に頼むつもりだ」
「それはっ」
「敵に見つかれば、殺されるかもしれませんよ」
王異がそう言うのを聞き、閻温は問題ないと頷いた。
「それで、この城が守られるのであれば、わたしはこの命を惜しみはしません」
「っ、有り難きお言葉」
「この恩義には必ずや報います」
閻温の意気に、趙昂達は感謝を述べた。