乱が乱を呼ぶ
雍州刺史の邯鄲商を殺害した張猛は、武威郡にて勢力を拡大していた。
長安にいる夏侯淵はその報を聞き、頭を悩ませていた。
(勢力拡大中の今であれば反乱は鎮圧出来るだろう。だが、韓遂が居るからな)
今の韓遂は勢力は無いに等しかった。
だが、涼州は故郷という事で、強い影響力を持っていた。
夏侯淵が反乱鎮圧の為に兵を挙げれば、その隙にとばかりに兵をあげて長安を攻め落とす事が考えられた。
「涼州にいる韋康殿の文では、韓遂は涼州で隠然たる影響力があるので、おいそれと従わせれないと書かれていたからな。此処は迂闊に兵をあげては、目も当てられない事になりかねんな」
夏侯淵は守りを固めつつ、主君である曹操に指示を仰ぐ事にした。
人を遣わした後、守りを固めた。
十数日後。
許昌にいる曹操の下に文が届けられた。
「張猛が現在武威郡にて勢力を拡大している。至急、指示を仰ぐか」
文を一読した曹操は側に居る荀彧を見る。
「荀彧よ。何故、夏侯淵は兵を挙げずにいるのだ? あやつであれば、張猛など直ぐに討ち取る事が出来るであろう」
「・・・恐らく、韓遂を警戒しているのでしょう」
曹操の疑問に荀彧は、夏侯淵がいる長安付近の地理的状況を考えて答えた。
「夏侯淵殿は反乱を鎮圧する為に赴いた途端、韓遂が兵を挙げて長安を攻めるのではと思っているのでしょう」
「だが、韓遂は勢力といえるものは持っていないのだぞ。それなのに恐れるのか?」
「涼州の韋康殿の文では、韓遂は未だに隠然たる影響力を持っているので、従わせる事が難しいと書かれていました」
「っち、あいつめ。昔から立ち回りが上手かったからな。侮れんな」
「丞相は韓遂をご存じで?」
曹操の話しかたから、知人の様だと思い、荀彧は訊ねた。
「ああ、あやつの父と儂は同年の孝廉でな。その縁で知り合ってな。初めて会った時から、抜け目がない奴と思っていたぞ」
曹操は昔洛陽で会った時の事を思い出しながら話した。
ちなみに、孝廉は官吏登用制度のひとつで、毎年各州にある郡から一人推挙されるのだが、この登用制度を考えた者が、儒教的な教養と素行を兼ね備えている人物を主に推挙される様にした為、推挙できる者は四十歳以上と規定されたが、同時に才能と品行に非常に優れた人物には、年齢に拘らないで推挙できる様になった。
曹操は二十歳の時に、孝廉に推挙されたのだが、当時の曹操の評判は芳しくない為、本人の才能というよりも義祖父である曹騰のお陰で推挙されたと言えた。
「では、どうされます? このままでは、張猛の勢力が増して手が付けられなくなります」
「分かっておる。・・・・・・此処は南征を中止するしかないか」
現状を考えた曹操は南征を延期にし、張猛を討つ事にした。
「それが良いと思います。各州から派遣される兵は元の州に戻させましょう。夏候惇殿の軍勢と合流しだい。陛下に上奏し、張猛を討ちましょう」
「うむ。任せる。襄陽にいる曹仁にも南征が中止する事を伝えておいてくれ」
「承知しました」
荀彧が一礼し部屋を出て行くと、曹操は忌々しいとばかりに息を吐いた。
気晴らしに酒でも飲もうかと思っていると、足元に王印が居た。
ジーっと見て来るので、構って欲しいのだと思い、曹操は手を伸ばした。
「ハッ、ハッ、ハッ、ハッ」
「ははは、愛い奴よ」
伸ばした手で王印の頭を撫でると、嬉しそうに尻尾を振るのであった。
曹操はそのまま王印と戯れた。
その数日後。
冀州河間郡にて、田銀と蘇伯の二人が反乱を起こすという報が、曹操の下に届けられた。