○○の名は
十数日後。
曹昂が軍の準備をしている中、法正が参った。
「お忙しい中に失礼いたします」
「わたしは問題ない。それよりも、どうしたのだ?」
法正も戦に赴くので、準備をしている。
その最中で来る以上、何か事情があるのだろうと曹昂は察した。
「はい。実は犬を提供してくれた所から、別の犬も貰って欲しいという文と共に届きました」
「ふむ。別の犬か」
法正が言う別の犬とは、軍用犬では無く愛玩犬という事だと予想する曹昂。
正直な話、何の役に立つか分からないと言えた。
(まぁ、犬の調達する伝手が無くなるのも困るからな。それに、向こうからすれば、誼を深めようとしているだけだろうからな)
曹昂はこれからも、犬を調達する事もあるので、誼を通じておくのも悪くないと判断した。
「良し。こちらの要望に応えてくれたのに、向こうの要望を断るのは義に悖るな。その別の犬を貰い受けるとしよう。何時頃届くのだ?」
「・・・実は既に届いております」
法正が、言い辛そうな顔をしつつ教えた。
それを聞き、曹昂は先程の言葉を思いだした。
(ああ、そう言えば。文と共にと言っていたな。文と一緒に届けられたという事か)
それならば仕方がないので、一度その犬を見ようと思い、連れて来いと命じようとした所で、部屋の外に控えていた趙雲が部屋に入っていた。
「申し上げます。曹丞相が送った使者が参り、お会いになりたいそうです」
「父上の。通せ」
曹操の使者と聞いて、曹昂は顔を引き締めた。
趙雲は一礼し部屋を出て行くと、使者と共に戻って来た。
「ご使者殿。遠路はるばるご苦労であった。して、父上がどうかしたのか?」
「はっ。曹丞相が間もなく、此処陳留に辿り着きますので、先触れとして参りました」
「なにっ⁉ 父上はもう軍勢を整えたというのか⁉」
幾ら何でも早すぎると思い、驚く曹昂。
「丞相が先に騎兵一万を率いて許昌に向かい、後に夏候将軍が本軍と共に許昌に入る手筈になっております」
「成程。丞相が先駆けで許昌に向かうのであれば、これほど早く来るのも納得できますな」
使者の話を聞いて、法正は曹操が早く来た理由が分かり頷いていた。
「これは仕方がない。直ぐに出迎えの準備をせよ。家臣達にも伝えるのだ」
「はっ。直ちに」
「使者殿。父上はどの門に来るのだ?」
「東門に参ります」
「そうか。ご苦労であった」
「はっ。では、わたしはこれで」
使者が一礼し部屋を出て行くと、法正も出迎えの準備の為に出て行った。
数刻後。
陳留の東門。
門前には多くの家臣が待っていた。
無論、曹昂も居た。
その中に何故か、西藏獒犬も居た。
自室に居る様に命じたのだが、何故か付いて来たのだ。
仕方がないので、連れて来た様だ。
そうして待っていると、武装した軍勢が見えて来た。
軍勢が持つ旗には、曹の字が書かれた旗を掲げていた。
先頭には、四頭立ての馬車が居た。
薄い垂れ幕が掛けられているが、誰かが乗っている事は分かった。
やがて、城門から少し離れた所で、軍勢の足がピタリと止まる。
馬車の中に居る者が立ちあがると、馬車の側に居る者達が小さい階段を、馬車の箱に掛ける。
馬車に乗っていた者は階段を一段ずつゆっくりと降りて行き、地面に降り立ったのは曹操であった。
曹操が降り立つのを見て、曹昂は手で合図を送る。
合図を見た趙儼が楽隊に楽器を鳴らすように命じた。
楽器の音を聞きつつ、曹昂は曹操の下に向かう。
「父上。お越しいただきありがとうございます」
「うむ。お前も元気そうで何より・・・・・・むっ?」
久しぶりに息子と話し合っていると、その足元に見慣れぬ生き物が居る事に気付く曹操。
「何だ。その生き物は?」
「ああ、これは犬にございます」
「犬だと。随分と大きく、そして毛量が多いな」
曹操は珍しいと思い、西藏獒犬をジロジロと見ていた。
不躾な視線を浴びたのが気に入らないのか、西藏獒犬は唸り声をあげる。
「ウウウ、ウォオオオンンン‼‼」
西藏獒犬がまるで獅子の様に吠えた。
その力強い咆哮に、皆思わず身構えた。
「ほぅ、何とも力強い遠吠えよ。天をも震えそうではないか」
「申し訳ありません。見慣れぬ人が居るので、警戒している様です」
曹昂が西藏獒犬を撫でて落ち着かせると、少しずつだが落ち着いて行った。
「何時から、この様な犬を飼う事にしたのだ?」
「今年からです。少々したい事がありまして」
「そうか。それで、その犬は何と言うのだ?」
「名前ですか。ええっと・・・・・・」
実はまだ名前は無かったので、曹昂は慌てて考えた。
其処で先程の曹操の言葉を思い出した。
「・・・・・・哮天にございます」
「天に哮るか。悪く無いな。先程の咆哮を聞いていると、丁度良いではないか」
「そうですか・・・・・・」
今思い付いたのだけどなと思う曹昂。
「では、どうぞ。城内へ」
「うむ」
曹操は頷いた後、馬車に乗り込んだ。
曹昂が横に避けて道をつくると、家臣達もそれに倣い道を作った。
曹操が乗る馬車がその道を通り、城内へと入って行った。
城内に入り、沿道に集まった民の歓声を聞きながら、内城に入る曹操。
そのまま、用意されている部屋に向かっていると、小さい何かが近づいて来た。
護衛として側に控えている典韋と許褚は得物に手を掛けるが、曹操は手で止めた。
そして、小さい何かが曹操の下まで来たので、膝をあげて観た。
曹操の目に入っているそれは、しっかりと突き出た鼻に短毛で垂れて黒い耳を持ち、淡い黄褐色の被毛でしっかりとした骨格を持っていたが、身の丈は一尺ほどしかなかった。
「・・・・・・犬だな。随分と小さいな」
曹操は目の前にいる犬をマジマジと見ていた。
小さい犬はつぶらな瞳で見上げていた。
「・・・ふむ。この皺、まるで皇の字に見えるな」
曹操が手を伸ばすと、その犬は大人しくしていた。
伸ばした手は犬の頭を撫でると、犬は嬉しそうに尻尾を振っていた。
「ふむ。気に入ったぞ」
曹操はニカっと笑うと、その犬を持ち上げて抱いた。
少しすると、法正が前から来た。
何かを探している様で、辺りを見回していると、曹操達を見つけた。
一瞬だけギョッとした後、慌てて曹操達の下に駆け寄った。
「も、申し訳ありませんっ。犬が失礼をっ」
「構わん。この犬はお主の犬か?」
「いえ、知り合いから貰って欲しいと言われて届けられたので、持ち主が見つかるまで預かろうと思っておりました」
「そうか。では、儂にくれるか?」
曹操は訊ねているが、法正からしたら、主の父の命に逆らう事は出来なかった。
なので、法正は頭を下げた。
「どうぞ。構いません」
「そうか。・・・・・・今日からお前は王印と名付けよう」
曹操は腕の中に居る犬にそう名付けた。
王印を撫でつつ曹操達は部屋へと向かった。
犬の名前の公募で多くの感想を頂きありがとうございます。
厳正に選んだ結果、かっぱ2000様の哮天に決定しました。
ちなみに、曹操が飼う事にした犬種はパグです。




