素知らぬ顔で
政務を終えた曹昂が私室で寛いでいると、護衛の趙雲から劉吉が来たと聞いて、部屋に通すように命じた。
趙雲が部屋を出て行くと、直ぐに劉吉を連れて戻って来た。
趙雲が一礼し部屋を出て行くと、曹昂は話しかけた。
「公主様。どうされたのかな?」
「御寛ぎ中に失礼します。少し前に小耳に挟んだのですが、旦那様の食客に華佗という名医が居ると聞きました」
「ええ、それがどうかしましたのですか?」
そう言いつつ、まさか劉吉が産んだ子が病気に罹ったのかと思う曹昂。
だが、その考えは外れていた。
「はい。実は弟とは定期的に文のやり取りをしているのです。それで知ったのですが、弟の妻がどうも最近病に罹り中々治らないそうです。その華佗という方に診て貰えないでしょうか」
劉吉が頼み込んで来るのを見て、曹昂は少し考えた。
(劉吉の弟の妻という事は、伏皇后か。こちらとしては治らない方が良いのだが)
後宮にいる間者からは、伏皇后は未だに発狂したままで、宮中に居る医官や侍医(天子や皇族の病気を診療する専属の医官)などが診たのだが治らないという報告を受けていた。
(心の病の様だからな。華佗に見せても治らないだろうし、良いか)
曹昂は頷いた後、笑顔を向けた。
「ふむ。皇后殿下の体調が悪いとは心配だな。華佗先生に見て貰おうか」
「ありがとうございますっ」
曹昂の許可を得る事が出来て劉吉は喜びを浮かべていた。
その後、劉吉は部屋を出て行くと、華佗を呼んだ。
「先生。お願いがございます」
「何なりと」
「実は、わたしの妻の一人である劉吉の弟の妻つまりは天子の后が病に罹ったそうです。先生にはその病を治して欲しいのです」
「どの様な病なのかご存じで?」
「其処は分かりません。流石に天子の后ですので、病に罹ったという事を世に教える事は出来ませんから」
「確かにそうですね。もし、知られれば、朝廷に人が居ないというが知られ、恥をかきますな。承知しました。とりあえず、診てみましょう」
華佗はとりあえず診てみるというのを聞き、曹昂は満足そうに頷いた。
「もし、治す事が出来たら、先生を朝廷の医官に推薦する事が出来ます。お望みとあれば侍医や太医令(国家の医事行政を統括する最高官職)にもなれますよ」
「それはまた大きく出ましたな。病を治す前から、大きな事を言うのは如何でしょうか?」
華佗は苦笑いしていると、曹昂も苦笑いしつつ言葉を続けた。
「それはそうですね。護衛の兵を付けますので、道中は安心して下され」
「有り難き幸せ。では」
華佗が一礼し部屋を出て行くと、曹昂は華佗の護衛兵の準備をした。
暫くすると、華佗一行は許昌へと向かった。
十数日ほどすると、献帝と華佗から文が届けられた。
献帝からの文には、名医を送って来てくれた事の感謝の言葉が綴られていた。
華佗の文には、皇后は心に病を負ったようです。この病はわたしでも治すのは難しいと書かれていた。
その文を読んで、曹昂は笑みを浮かべるのであった。




