ご命令通りに
荊州武陵郡漢寿県。
城内にある一室で蔡瑁が文に目を通していた。
「ふんっ、この商人め。小癪な事をする」
送り主は耿文と言う商人で、文の内容は要約すると、劉備が来年の出兵に向けて準備を整えている。詳しく調べる為に人を遣わしたいが、元手が足りず満足な情報は手に入れらないと書かれていた。
これは、劉備軍の内情を調べるという名目の、金の無心であった。
何故、蔡瑁が劉表宛ての文を読んでいるのかというと、劉表宛ての文を管理する者は蔡瑁の部下で、文が届けられると蔡瑁にも見せているのからだ
(もし、詳しく調べられて劉備が城を失う様な事になれば、今度は襄陽が狙われるではないか。そうなれば、曹操殿の心証を悪くなってしまうかもしれん)
そんな事になれば、甥の劉琮は荊州州牧になる事も出来ない上に、自分の身も危うくなるかも知れないと思う蔡瑁。
「・・・・・・これは見なかった事にするのが良いな」
蔡瑁はそう言って、文を細かく破り捨てた後、部屋を後にした。
同じ頃。
兗州陳留郡陳留県。
曹昂の下にも耿文の文が届けられていた。
「劉備は来年にも兵を出すかも知れないか・・・本当か?」
曹昂は頭の中で現状の孫権軍と劉備軍の実情を考えたが、兵を出せる余裕はないのではと思えた。
その呟きに反応する様に部屋に居た司馬懿が答えた。
「孫権軍は太史慈を含めた多くの将兵を失いましたが、劉備軍は奇襲により黄祖軍を撃退し、多くの兵糧と武具を手に入れたと報告が上がっております。援軍の対価で幾らか渡したとしても、少しは残るでしょう。それを使い、軍備を増強しているのでしょう」
「・・・・・・それ程多くの兵糧武具を手に入れたと思うか?」
「それは分かりません。ですが、来年には兵を出すかも知れないと書かれているのです。有り得ないとは言い切れません」
司馬懿の意見を聞き、一理あると思ったのか、曹昂は唸った。
其処に龐統も意見を述べた。
「更に言えば、先頃孫権は山越討伐し、多くの兵を得たそうです。其処から考えても、来年には兵を出す余裕が出来ると思います」
「劉磐という脅威が近くに居るのにか?」
曹昂は指摘するが、龐統は更に言葉を続けた。
「其処は太史慈の代わりになる者を派遣し守らせるのでしょう。守りを固めれば、劉磐もそうそうに落とす事は出来ないと思います」
「確かにそうだな。もう少し、劉表の力を削ぎたいな」
このままでは、孫権の勢力だけ削られるかも知れないと思い、曹昂は呟く。
呟きはしたが、特に何も思い浮かばなかった。
「その様なお考えであれば、わたしに一つ案がございます」
曹昂の呟きに、龐統が答えた。
「なにっ。だが、兵を動かさずに出来るか?」
「ええ、出来ますとも」
龐統が自信ありげに答えた。
「そうか。では、手段は任せる。金はどれだけ使っても構わない。劉表の力を削げ」
「はっ。細工を致しますので、仕上げをお楽しみ下され」
「分かった。楽しみにしているぞ」
龐統が一礼し部屋を出て行くのを曹昂は見送ると、司馬懿を見る。
「耿文の文には、返事の代わりに金を送れ。そうすれば、あの男も何をするか分かるだろう」
「はっ、直ちに」
司馬懿が一礼し部屋を出て行った。
部屋に一人だけになった曹昂は頷いた。
「さて、龐統はどんな事を行うのやら」
少しだけ楽しみと思い、笑みを浮かべるのであった。