功をもって罪を許す
周儀の献策を聞いた孫権は家臣の董襲に兵一万と副将に蔣欽を付けて、鄱陽県にて暴れる山越の首領彭虎の討伐を命じた。
降伏した兵は自軍に組み込むので、捕虜には無体な事はしないようにとも告げた。
命を受けた董襲は、直ぐに兵を整えて蔣欽と共に鄱陽県へと向かった。
柴桑県を立ち、暫くすると鄱陽県に辿り着いた。
先触れを出した事で、董襲達が県に近付くと、県令が城外に出て出迎えてくれた。
董襲に会うなり、その膝元まで着て、山越がした行いを涙ながら語った。
畑を荒らし、城にも攻めで込んでくるので、多くの者が負傷していると告げた。
「県令殿。安心せよ。我らに掛かれば、山越など蹴散らしてくれる」
「ありがとうございます。ですが、用心を。彭虎は数万の兵を従えているという噂です」
県令が心配そうに言うと、董襲は問題ないと手を振った。
その日は県内に入り休み、翌日から彭虎を探す事となった。
翌日。
休養を十分に取った董襲軍は、意気揚々と出立した。
県令から、彭虎達が居る所を大まかに聞いていたので、教えられた場所へと向かった。
数刻後。
その教えられた場所に辿り着くと、砦の様な物があった。
防壁には彭の字が書かれた旗が掲げられていた。
砦の城壁には、彭虎に従う兵達が居た。
「此処にいるようだな」
「董将軍。どうしますか?」
「砦を包囲する。北門だけは開けておけ。そして、降伏をする様に促すとしよう」
「受け入れねば総攻撃ですね。では、わたしは西へ」
「わたしは南へ」
と言って蔣欽達は自分が受け持つ方面に向かった。
包囲している間、彭虎達は砦から出るか、それとも守りを固めて迎撃するか話していた為、対処が出来なかった。
余談だが、彭虎達が話している時に、砦に居た兵達が、旗を見てこの砦を攻めるのは董襲だと知り、それなりに多くの兵が砦から逃亡した
そう話している間も、董襲達の包囲は進んでいた。
やがて、包囲が完了した。
「董将軍。包囲完了しました」
「良し。では、まずは降伏を・・・むっ」
降伏を促すように声を掛けようとしたのだが、南門を受け持つ董襲の部隊の前線の一部が突然砦に向かって突撃しだした。
「誰が攻撃しろと命じた⁉」
「分かりませんっ⁉」
董襲が怒鳴りながら、誰が命じたか訊ねたが、副官は分からないので、首を横に振った。
「ええいっ、止むを得まい。全軍に攻撃命令を出せ‼」
「はっ」
味方の暴走とは言え、見殺しにしては、兵の士気に関わると思い、董襲は総攻撃の命を出した。
直ぐに鉦が叩かれた。
その音を聞いて全軍が砦に攻撃を仕掛けた。
董襲の勇猛さに押されてか、勝手に行動した前線の一部の勇猛果敢に押されたのか、砦は難なく陥落。
彭虎は討たれ、多くの兵が捕虜となった。
そして、全ての作業を終えると、董襲は勝手に動いた者達を呼んだ。
当然、処罰する為に呼んだので、全員縄で縛られていた。
その内の一人は、十五ぐらいの男の子であった。
あどけなさを残しつつ、整った顔立ちをしているので、将来美男子になるのではと思われた。
董襲はその男の子を見て、目を剥いた。
「お、お前は凌統⁉ 何故此処にいる⁉」
その男の子は、共に孫策の代から仕えている同僚である凌操の子である凌統であった。
縄で縛られている者達は、申し訳なさそうに頭を下げていた。
「お前、どうして此処に居るのだ?」
「はい。わたしも戦場に出て武勲を立てようと思い、父上の家来達と共に戦場に参加しました」
「そ、そうか。一応、聞くが。この事は、お前の父は知っているのか?」
董襲と凌操とは、孫家に仕えた時期がほぼ同じなので、その縁で親しくしており、その性格を良く知っていた。
なので、知っていれば一言教える事はした筈であった。
それが無いので、恐らく凌操には話さずに来たと予想する董襲。
その予想が当たっている様で、凌統と共に来た家来達は目を合わせようとしなかった。
「・・・・・・はぁ~、・・・・・・戦には勝ったのだから、とりあえず許してやろう」
勝利に貢献したのは確かなので、董襲は凌統達の行いを不問ふす事にした。
だが、凌統を預かっている事と戦場での行いは報告した方が良いと思い、孫権に文を送った。
其処から十日ほどすると、董襲は彭虎軍の残党を討伐を終えて、反乱は平定した。
ちなみに、凌統はその間本陣に留め置かれていた。
凌統と共に来た家来達は安堵しつつ、武勲を立てる事が出来ない凌統を宥めていた。
そして、二日程鄱陽県にて休みを取ると、柴桑県に帰還の途に着いた。
数日程して、柴桑県に帰還した董襲軍。
城外にて出迎えたのは、憤怒の表情を浮かべる凌操であった。
「この馬鹿息子がああああっ」
「ぎゃあああ⁉」
凌操は董襲達への挨拶をそこそこにし、凌統を見つけるなり、怒鳴り声と共に拳骨を頭に落とした。
頭が割れんばかりの痛みに、凌統は声をあげた。
其処から説教が始まった。
それが終わると、董襲達と共に孫権に謁見した。
凌統の耳を引っ張りながら、孫権に会うなり、跪く凌操。
「この度は、愚息が途轍もない事をしでかしました。どうか、子の罪はわたしが背負いますので、この子はどうかお許しをっ」
額を床に就ける程額づく凌操。
そんな凌操を見て、孫権は笑顔で述べた。
「良いではないか。勝利に貢献したのは確かなのだから。問題なかろう」
孫権が優しい声でそう言うので、凌操は「有り難きお言葉っ」と言い、頭を深く下げた。
「凌統よ、今度からは軽挙妄動は慎むようにせよ」
「は、はい」
孫権に注意を受けて、凌統は頭を下げた。
「しかし、流石は凌操の子よな。立派な働きをしたな。見事だ」
孫権は席を立ち、凌統の頭を撫でた。
それから、孫権は凌統を側に置き可愛がるようになった。