外に活路を見出す
曹昂が鄴を出立し、陳留に帰還している頃。
揚州豫章郡柴桑県。
城内にある大広間では、文官と武官が激しく言い合っていた。
「建昌に赴任させるのは、この者が良いでしょう」
「いや、その者は問題が」
武官が提言すると、文官が口を挟んできた。
家臣達が何を話しているのかというと、太史慈の後に誰を建昌に赴任させるかであった。
韓当の件以来、武官と文官の隔たりは縮めるどころか、広がるばかりであった。
武官達は、韓当が自害したのは、文官達が忠義を疑う事を言ったからだと言い、文官は文官で、韓当の息子である韓綜が曹操に寝返ったのは、親子で内通していたからだ。それを隠す為に、韓当は自害したのだというのであった。
周瑜と魯粛が家中が分裂しない様に、奔走していた。
お蔭で、何とか家中分裂という事態には至らなかった。
だが、評議の場は必要以上に空気が悪くなっていた。
武官達と文官達の意見がぶつかり合い、皆頭に血が上り顔を赤くしていた。
「これ以上の論議は不要だ。後日、話し合い決めようぞ」
孫権がそう告げると、魯粛を見た。
「今日の議題は、これで終わりか?」
「はい。その通りです」
「では、今日の評議は終わりとする。皆、下がれ」
孫権がそう言い、上座から立ち上がり部屋を後にした。
家臣達も頭を下げて、孫権を見送った。
孫権が見えなくなると、家臣達は頭を上げる。
そして、皆鼻を鳴らすか舌打ちするかして部屋を後にしていく。
評議の場を後にした孫権は、部屋に入ると席に乱暴に座りこんだ。
「誰か、酒を持って来い⁉」
「は、はいっ。只今っ」
孫権が声を荒げながら命じると、控えていた使用人が返事をするなり、慌てて酒の準備をしだした。
孫権は酒が来ない事で、苛立ち始めた。
「お、お待たせいたしました」
「うむっ」
そして、使用人が酒を持ってくると、孫権は酒が入っている水差しを奪い、盃に注いだ。
なみなみと注がれた酒を、乱暴に呷る。
喉を鳴らしながら、一気に飲み干すとまた盃に酒を注いだ。
そうして、酒を飲んでいると、部屋の外にいる護衛が部屋に入って来て一礼する。
「申し上げます。周瑜様と魯粛様と周儀様がお会いしたいと申しております」
「周瑜達が? 構わん。通せ」
「はっ」
護衛が一礼し、部屋を出て行く間も、孫権は酒を呷っていた。
そして、護衛が周瑜達を連れて戻って来た。
護衛が一礼し部屋を出て行くのを、周瑜が見送ると話しかけて来た。
「今日は御機嫌が悪いようですな」
「当然であろう。先程の評議を見て、気分が良くなる訳が無いであろうっ」
孫権は酒を呷りながら話し出した。その所為で口の端から酒が零れたので、袖で拭っていた。
孫権の気持ちが分かるからか、三人は何も言えなかった。
「あれは、何とも言えませんな」
「誰かが推薦したら、難癖をつけて却下するのだからな。どの様な者でも怒りを抑える事は出来ぬだろうな」
魯粛も周儀も評議に参加していたので、その酷さが良く分かっていた。
「兄上、魯粛。殿の気持ちを汲んで下され」
周瑜は孫権の前で言う事ではないと思い周瑜が述べると、孫権は手を振る。
「いや、二人の言う通りだ。何か家臣達の仲を縮める事は出来ぬか?」
孫権がそう言うと、魯粛と周瑜は頭を悩ませていた。
「このままでは、家中が分裂してしまいます。此処は家中を団結させるのが良いでしょう」
周儀が分かりきっている事を、言い出した。
孫権はそんな事は分かっていると思いつつも、その言葉の真意を訊ねた。
「具体的には、何をどうするのだ?」
「山越を討伐するのです。ここ最近、彭虎という者が反乱を起こしていると聞きます。その者を討ち取り、降伏した者を我らの兵に組み込めば、家中も落ち着き、兵力の増強が出来るでしょう」
「成程。悪くないな」
周儀の案を、孫権は盃を持ったまま真剣に聞いていた。
そして、盃を前に突き出した。
「良い献策だ。周儀。褒美だ。この酒を飲むが良い」
「はぁ、有り難き幸せ」
孫権の手から盃を受け取った周儀は、口を着けると飲み干した。
「・・・ぷはぁ、殿から賜った酒は格別ですな」
「そうかそうか。お主は良い飲みっぷりだから、見ていて気分が良いっ」
孫権は使用人に盃を持って来いと命じると、三つの盃を持って来た。
周瑜達は飲むつもりはなかったのだが、周儀が既に盃を受け取り飲んでいた。
孫権も楽しそうに酒を呷るので、これは交らないのは失礼だと思い、二人は酒を飲んだ。
此処の所、鬱屈する事が多かった為か、孫権は楽しそうに笑いながら酒を交わしていた。




