閑話 天国からの
冀州魏郡鄴県。
県内にある大きな屋敷。
その屋敷の一室に曹操の姿があった。
部屋には曹操一人しかいなかった。
勿論、部屋の外には護衛として許褚が控えていた。
室内には壺があり、中は酒が入っており、柄杓もあるので、其処で一人手酌で飲む曹操。
（・・・・・・あいつは、何をしにわたしを招待したのだ？）
曹操は酒を呷りながら、この屋敷の主の事を考えていた。
政務を終えて、屋敷に帰ろうとした時に、声を掛けられた。
『お見せしたい物がありますので、どうぞ。わたしの御屋敷へ』
と誘われたので、曹操はそれが何なのか気になり、足を向けた。
そして、この部屋に通され、少し待つ様に言われた。
曹操は一人で酒を呷っていた。
あまりに暇なので、何か座興でもないかと思っていると、部屋の外から声が聞こえて来た。
そして、許褚が屋敷の主と共に入って来た。
「来たか。子廉」
「丞相。お待たせしました」
許褚と共に部屋に入って来たのは、曹洪であった。
「ああ、随分と待ったぞ。それで、見せたい物とはなんだ？」
曹操は盃を置いて曹洪を見る。
その眼は下らない物を渡したら、幾ら長い間仕えている臣下で親戚でも許さないぞと言っていた。
曹操の強い視線を浴びても、曹洪は平静であった。
「丞相の好みと思い用意した物です。まずは、ご覧を」
曹洪は手を叩くと、部屋に誰かが入って来た。
入って来たのは女性であった。
妙齢で、整った顔立ちをしていた。
体型も大きく育った果実、蜂の様にくびれた腰、桃の様にハリがある臀部を持っていた。
美人と言っても良い肢体を持っていたが、目を引くのは体型ではなく服であった。
詰襟で赤を基調とした上衣と長い裳が一体となった衣装であった。
横に腰まで見えそうな程の切れ目で入っていた。
切れ目から見える足と胸元が開けられた白い肌には、シミが一つなかった。
それを見て、曹操は思わず唾を飲み込んだ。
「如何でしょうか？ 熊の絵を元に作り上げた旗袍は？ 作るのに時間こそ掛かりましたが、人に売っても良い出来だと自負しておりますぞ！」
曹洪は胸を張りながら、得意げな顔をしていた。
「・・・む、むぅ、確かにな・・・・・・」
曹操は女性の服をよく見ようと、一回りしてみた。
何処から見ても素晴らしい出来と言えた。
「これは素晴らしいな。よくぞ作ったな。見事だ」
「お褒めのお言葉有り難く。丞相にも用意しましたので、どうぞ」
曹洪がまた手を叩くと、侍女が布に包まれた物を手に部屋に入って来た。
「ほぅ、用意が良いな。流石だな」
「いえいえ、子脩から面白い服を教えて頂きましたので、完成すればお見せ致しますので、暫しお待ちを」
「そうか。楽しみにしているぞ」
曹操は侍女から布の包まれた物を受け取り、気分揚々の様子で屋敷を後にした。
その日の夜。
渡された旗袍を最近に気に入りの妾に着させてみた。
色は赤では無く、黒であった。
裳の部分が、見せられた物に比べると短くなっていた。
その分、白いおみ足をよく見る事が出来た。
（あいつめ、わたしの好みをよく知っているわ）
曹操は笑みを浮かべつつ、旗袍を着る妾を目で楽しんでいた。
翌日。
目を覚ました曹操の下に丁薔が訪ねた。
「昨日の夜、妾にいやらしい服を着させたそうですねっ」
「な、何故それを⁉」
もう知られたのかと驚く曹操をよそに、丁薔は怒気を強めつつ話し続けた。
「妾とはいえ、辱めるとは、恥を知りなさい！」
「い、いや、これは子廉がどうしてもと薦めて来たから、貰ったまでで」
「では、貰ったまま、何処かに置いておけば良いではないですかっ。貴方がそのような、いやらしい事をするから、世間で色々と言われるのですよ。恥を知りなさい！」
その後、丁薔の説教が続いた。
少しすると、曹洪も呼ばれて、曹操と共に説教を行った。
そして、旗袍の絵を描いたのは誰なのか問い詰めると、曹熊だと分かった。
丁薔は曹熊を呼び出して、どうしてこの様な絵を描いたか問い詰めた。
その際、春画を描いている事も話してしまった。
「曹家の子息が、春画やいやらしい絵を描くなど恥を知りなさい‼」
丁薔に睨みつけられながら、絵を描く事を禁止と言われた。曹熊は何も言う事が出来ず激しく、首を上下した。
だが、流石にそれは行き過ぎと思ったのか、卞蓮が取り成した。
そのお陰で、絵を描く事は出来る様になったが、描く物が制限される事となった。
それにより、曹熊が絵を描く事を知るのは、親族でも極一部だけとなった。
この話しで、第十六章は終わりです。
数日ほどして第十七章を始めます。
