勝利が霞む損害
劉磐軍が撤退した翌日。
陣地に人が見えないと、見張り台に居る兵の報告を聞いた周瑜は直ぐに兵を送り調べさせた。
すると、陣地はもぬけの殻であった。
昨日の夜の内に、撤退したのだと分かった周瑜は怒りで座っていた床几を蹴飛ばした。
そして、直ぐに追撃を命じようとしたが、副将として付けられた程普がもう遅いので、今は劉備がどの様な状況になっているのか確認すべきと提言した。
その意見は的を射ていた為、周瑜は怒りを抑え込み河を渡った。
全軍が河を渡った数日後。西陵県に辿り着いた。
城は包囲されておらず、劉備軍は破壊された陣地の後片付けをしていた。
周瑜軍が来た事を聞いて、劉備は慌てて城を出て、出迎えに来た。
「この度は援軍に来て頂き、誠に感謝申し上げます」
「いや、これも殿の命であったからな」
「大したおもてなしは出来ませんが。どうぞ、城内へ。直ぐに感謝の宴を準備しますので」
「・・・・・・承知した」
相手の申し出を断るのは失礼だと思い、周瑜は軍勢を城に留め護衛部隊と共に城内に入り、劉備の歓待を受けた。
翌日。
「では、孫権様に劉備は感謝していたと申して下され」
「承知した」
城外に出て見送りに出た劉備は周瑜に、孫権に感謝していた事を伝えてほしいと告げた。
周瑜は返事をするなり、馬に跨り帰路へと着いた。
馬に揺られながら、周瑜はこれからの事を思うと、頭が痛い思いであった。
(太史慈が討たれたのは非常に不味いな。柴桑に帰還次第、魯粛と殿を交えて今後の事を話さねばな)
既に太史慈が討たれたという事は、伝令を送り孫権に伝えていたが、それが今の孫権達にとって非常に困った事になる。
それが分かる周瑜は溜め息を堪える事が出来なかった。
それから更に数日後。
劉磐は漢寿県に帰還した。
そして、黄忠を伴い劉表に謁見した。
床払いをしたからか、少し顔色が良くなった劉表に劉磐は頭を下げた。
「殿。劉磐、ただいま戻りました」
「うむ。良く戻った」
劉磐が帰還の挨拶をしても、劉表は腑に落ちない顔をしていた。
「既にお聞き及びと思いますが、ご命令の件ですが。劉備の夜襲により、我らの兵糧を預かっていた黄祖の陣地が攻撃を受けて、多くの武具と兵糧を失いました。これでは、城攻めをする事が出来ず、戻って参りました」
「報告は聞いておる。孫権が送り込んだ太史慈を討ち取ったという事もな。それを踏まえて、劉磐よ。聞きたい事がある」
「はっ。何なりとお答えいたします」
「何故、漢寿に撤退したのだ? 多くの兵糧と武具を失おうと、一旦黄祖と合流し大勢を整えた後に、劉備が籠もる西陵県を攻めても良かったのではないか? そうすれば、孫権が送って来た援軍は劉備と合流するであろうが、お主であれば攻め落とせたのではないか?」
劉表の疑問に、劉磐は顔をあげて答えた。
「それも一つの手ではあります。ですが、もしそうすれば兵を悪戯に失う事でしょう。そうなれば、喜ぶのは曹操だけにございます」
劉磐の話を聞いて、劉表も一理あると思い頷くだけであった。
「それに、此度の戦果は大きいのです。退いた所で問題ありません」
「それは太史慈の首がそれだけの価値があると言うのか?」
「はい」
劉表の問いに、劉磐は強く返事をした。
「首は塩漬けにして壺に入れて、持ってきました。ご覧になりますか?」
劉磐は黄忠に持たせている壺の蓋を取ろうとしたが、劉表が手で止めた。
劉磐は蓋を取るのを止めて、畏まった。
「太史慈は孫権の配下に勿体ないほどの名将にございます。この者が建昌を守っていた為、わたしも揚州を侵攻する事ができませんでした。ですが、この者が居なくなった事で、建昌一帯の守りは薄くなり、攻め込み領地を奪う事が出来ます」
「それはそうだな。・・・・・・むっ」
劉表は話していて、何かに思い至った顔をしていた。
「確か孫権が拠点に構えた柴桑は、豫章郡にあったな」
「はい。そして、建昌も豫章郡内の県にございます」
「・・・・・・はははは、そうか。太史慈が居なくなった事で、豫章郡の領地を切り取る事も柴桑にも攻め込む事が出来るという事になるのだなっ」
劉表は、ようやく此度の戦果が大きいという意味を理解した。
「はっ。その通りにございます」
「これは愉快ではないか。今まで、攻め込まれるだけであった我らが、こちらから攻め込む事が出来るとは」
劉表はとても愉快なようで、手を叩いて笑っていた。
「加えて言えば、劉備が籠もる西陵県に攻め込んだとしても、我らが豫章郡に攻め込む気配を見せれば、孫権は援軍を送る事も出来ないでしょう」
「正に一石二鳥ではないか。劉磐よ、よくやった」
「有り難きお言葉」
劉表の労いの言葉に、劉磐は深く頭を下げた。
「今日ほど愉快な日は無い。宴を開くぞ。此度の戦果を存分に祝おうぞ!」
「「「はっ」」」
劉表の宣言を聞いて、その場にいた家臣達は内心で喜びながら声をあげた。
襄陽からこの漢寿に拠点を移す事になってから、良い事は無かったので、劉表を含めた家臣達は大層喜びながら酒を飲んでいた。




