その命、頂く
少し時を遡り、太史慈率いる軍勢が柴桑県を出陣した頃。
劉磐達は邾県に軍勢と共に居た。
長江の向こう側は、孫権の支配下に入っているのが、この県はまだ黄祖の支配が及んでいた。
その県に籠もり、劉磐は情報を集めていた。
「まだ、間者の報告も無いのか?」
「はい。今の所、何も届いておりません」
「偵察に出した者達は戻らぬ以上、間者からの報告が大事だというのに」
城内にある一室で劉磐は黄忠と話していた。
「殿、焦ってはなりません。太史慈が攻め込んでくる事は分かっているのです。後は、敵の侵攻する方向が分かればいいのです」
苛立っている劉磐に、黄忠は冷静になろうと宥めた。
「むぅ、それはそうだが。敵はどの方向から来るか分からぬ以上、手立てを考える事が出来んぞ」
宥められた劉磐は少し気を抑える事が出来たのか、声に落ち着きがあった。
「敵は北上して長江を越えるのか、それとも廬江郡を渡り其処から進むのか。それが分かれば、我らは先制できますからな」
黄忠も気持ちは分かるからか、そう呟いた。
「そうだ。太史慈が健昌から北上して、そのまま江夏郡に入り長江を越えるのが一番早い。だが、遠回りではあるが廬江郡を渡る事で、渡河を我らに邪魔される事なく進む事が出来る」
率いている軍勢を二手に分けて対処する事も考えられたが、それでは敵の援軍を撃退する事が出来なくなるので、劉磐はどちらの道で、進行してくるか、一刻も早く知り備えなければならなかった。
その為か気持ちが逸っていた。
一度落ち着く為に酒でも飲もうかと思っていると、兵が駆け込んで来た。
「申し上げます! 密偵からの報告で、太史慈軍の進軍する道筋が分かりました!」
「そうかっ。それで、どの様な道筋であった?」
「はっ。健昌から北上して、そのまま江夏郡に入り長江を越える道との事です!」
「よくやったっ。黄忠!」
「はっ。直ぐに出陣の準備を致しますっ」
間者からの報告を聞くなり、劉磐達は行動した。
直ぐに進軍の準備を整え、敵が使うであろう船の渡し場に目星を立てて、其処の近くにある林に兵と共に隠れた。
城を出陣した劉磐達が林に隠れて、二日ほど経った。
河の向こう側にある船の渡し場に、軍勢が近づいていく。
その軍勢が掲げる旗には太史と書かれていた。
「殿、何時頃仕掛けますか?」
黄忠が話しかけて来たので、劉磐は太史慈軍を見ながら教えた。
「敵が全軍河を渡った後に仕掛けるぞ」
「全軍ですか? しかし、兵法では敵の半数ほどを渡らせておいてから攻めるのが有利であると書かれておりますが」
「確かに有利ではあるが。それでは、敵の半数を討ち漏らす事になる。だが、敵の全軍が河を渡り終えた所で、直ぐに出発する事は出来ん、舟に乗せた荷の荷解きをせねばならん。それを終えて、陣形を整えてから出発するのだ。軍勢が多くなれば多くなるほど、それらは時が掛かる。其処を攻めれば、敵を壊滅させる事が出来るだろう」
「成程、流石ですな。殿」
劉磐が全軍を渡らせる理由を話すと、黄忠も納得した。
驍勇な武将として知られている劉磐ではあるが、軍略にも通じ判断力があった。
太史慈が健昌に駐屯してから、侵攻を止めたのは、太史慈が守る健昌の守りが厚く落とす事が出来ないと判断した為であった。
だが、太史慈は城から出て来たのであれば、倒せると自信があった。
やがて、太史慈は率いて来た軍勢から一隊を渡河させた。
その後に部隊は続かなかったのは、敵の奇襲してくる事を想定しての事であった。
少しすると、部隊が続いて行き、最後の部隊が渡河した。
渡河を終えた太史慈軍は舟に乗せた荷の荷解きを始めた。
兵達は、敵兵の襲撃はないと思った様で、気を緩めた顔で作業していた。
「今が好機だ。黄忠!」
「はっ。鬨を上げよ‼ 鳴り物を鳴らせ‼」
黄忠の命に従い、銅鑼、鉦といった鳴り物が鳴り響いた。
そして、旗が掲げられた。
「全軍、攻撃せよ‼」
劉磐が攻撃を命ずると、兵達は喊声をあげて太史慈軍に突撃した。
突然、林から出て来た劉磐軍は一気呵成に太史慈軍に向かって行くが、対する太史慈軍は混乱状態であった。
敵が居ないと思っていた所に、敵の奇襲を受けた為、気が動転していた。
その上、背後は河なので後退する事が出来なかった。
「防げ防げ! 劉磐何するものぞ! 敵の攻撃を防いで反撃の時を待つのだ!」
太史慈は手に持つ得物を振りながら檄を飛ばした。
その檄を聞いて、少なくない兵は気を取り戻して得物を構えて迎撃に向かった。
だが、多くの兵は動転したままであった。
劉磐軍は容赦なく、太史慈軍に襲い掛かり切り伏せて行く。
「耐えろ! 耐えるのだ!」
味方が押されている中、太史慈は声を涸らさんばかりに叫び指揮した。
その様子を、少し離れた所で見ている黄忠が居た。
「ふふふ、無駄なあがきをしおる」
太史慈の奮戦を黄忠は嘲笑していた。
「だが、そのあがきも此処までよ。弓隊‼」
黄忠は矢を番えると、近くにいる弓兵達も矢を番えた。
「放てえええ‼」
黄忠の号令に従い、矢が放たれた。
弧を描く様に放たれた矢の雨は、太史慈の周りに降り注ぐ。
「ぐわあああああっっっ⁉」
騎乗している馬にも、自分の全身にも矢が立った。
「・・・・・・む、無念」
そう呟いた後、落馬する太史慈。
「将軍が討たれた⁉」
「もう、終わりだ⁉」
自分達を指揮していた太史慈が死んだのを見て、兵達の士気は落ちて行った。
兵の半数以上が討たれ、残りの兵は降伏した。




