ちょっとした縁で
孫権の命を受けた太史慈は直ぐに建昌県に居る兵を動員する。
最低限の守りだけ残して、北上し柴桑県を目指した。
数日程して、太史慈は柴桑に到着し孫権に謁見した。
「命により、太史慈子義。参上しました」
「おお、良く来てくれた。そう頭を下げていては顔が見えん。顔を上げよ」
上座に座る孫権に太史慈は跪きながら挨拶すると、孫権は喜びの声をあげつつ、顔を上げる様に命じた。
太史慈は顔を上げると、孫権は咳払いをした後、口を開く。
「既に聞いているだろうが。劉表が、従子の劉磐を使い、わたしが食客にしている劉備が籠もる城を攻めさせるつもりだ」
「はっ。既に聞き及んでおります。ですが、ご安心を。劉磐など、わたしめの敵ではございません。返り討ちにして、その首を取り、劉備をお助けしましょう」
「頼もしい言葉だ。お主であれば大丈夫であろう」
兄である孫策とは敵対したが敗れた後、孫策と孫権に二代に忠実に仕えている家臣の言葉を聞いて、孫権はうんうんと満足気に頷いた。
「後詰として、周瑜率いる軍勢も送るので、何があっても問題はないであろう」
「周瑜殿が後詰をしてくれるのであれば、何の問題もなく進む事が出来ます」
太史慈はこの上ないほどの援護とばかりに、笑みを浮かべた。
そして、太史慈は一礼し部屋を後にした。
柴桑県を出立した太史慈軍一万は北上を続け、ついに江夏郡に入った。
郡に入っても、劉表軍の姿は無かった。
「郡境で迎撃するかと思ったが違ったか・・・」
当てが外れた太史慈は不満そうに息を吐いた。
「太史将軍。我らは、これからどうされますか?」
「そうよな。此処で待ち構えていないという事は、敵は劉備が籠もる西陵県を攻撃してるのかも知れん。此処は一刻も早く救援に向かうべきであろう」
「では、その様に」
副官がそう言い、部将達に告げようとしたが、太史慈は止めた。
「待て。まだ続きがある。だが、敵が何処かに伏兵を配置しているかも知れん。急ぎはするが、周囲の警戒は怠るな。慎重に行動する様に、部将達に厳命せよ」
「承知しました」
副官が一礼し、命を伝えるべく去っていった。
太史慈一人だけになると、空を見上げた。
(しかし、わたしが劉備を救援するとはな。妙な縁だ)
太史慈は昔の事を思い出していた。
嘗て、世話になった恩人である孔融が黄巾軍の残党に攻められた事があった。
太史慈は救援に駆けつけたが、残党の攻撃は激しく、援軍を呼ぶしか策は無かったが、城は完全に包囲されていた。
そこで太史慈は、奇策を用いて単騎で敵の包囲網を突破し、救援要請の使者に向かった。
その向かった先が、当時平原に居た劉備であった。
太史慈の話を聞いた劉備が、義弟達と共に援軍として駆けつけてくれた事で、黄巾軍の残党は囲みを解いて逃げ去った。
その時の恩義を太史慈は返していないと思っていた。
(巷では色々と言われている劉備だが、恩義には恩義で返さねば、わたしの名に傷がつく。此処は何としても救援してやろう)
決意を新たにする太史慈。
そして、江夏郡を北上していくと、やがて、長江に差し掛かった。
「将軍。此処からは船となります」
「うむ。渡し場はあるか?」
「はい。近くに、敵に破壊される事なく使えます。船頭もおりますので、問題ありません」
「良し。何隊かに分かれて、河を渡るのだ」
「はっ」
「それと、最初に渡河した部隊の後は少し間を開けてから、渡河させるのだ」
「承知しました」
太史慈の命を受けて、部将達は兵を何隊かに分けて船に乗せた。
最初に渡河した部隊は暫し対岸で待機していたが、特に何も無かった。
(渡河している最中に攻め込んでくると思ったが、考え過ぎであったか)
此処で攻撃を受けないのであれば、もう敵は城攻めに、全力を注いでいると思っても良いだろうと考える太史慈。
そして、次々に部隊を渡河させていく。
やがて、最後の部隊が無事に渡河した。
将兵達は安堵する中、太史慈は命を下した。
「このまま北上する故、直ぐに荷解きをせよ」
河を渡る際、兵糧や武具などは落ちない様に厳重に紐で結ばれ積まれていた。
舟から降りたので、その荷解きをしなければならなかった。
兵達は命を聞き、直ぐに荷解きに掛かった。
此処まで来るのに、警戒し進んでいたが、敵兵の影すら見つける事も出来なかった。
河を越えている最中も、妨害を受けなかった為か、将兵達の気が緩んでいた。
太史慈も敵は城攻めをしているので、此処には敵は居ないと思っていた。
弛緩した空気が、その場に流れている中。
ドーン! ドーン! ジャーン! ジャーン!
銅鑼や鉦といった鳴り物が鳴り響いた。
そして、近くの林に隠れていた軍勢が、旗を掲げた。
その旗には劉と黄の字が書かれていた。




