結果良ければ良し
豫洲潁川郡許昌宮。
その宮の奥にある後宮。
其処は天子が住まう場所であった。
宦官か、天子の后妃の親族以外は立ち入る事すら許されない禁足の地。
|卯の刻《約午前五時から午前七時の間》。
この頃には、後宮で働く女官達は起床していた。
そして、その女官達が向かった先は、伏皇后が住まう宮であった。
今日は宮の掃除をする為に向かっていた。
やがて、彼女達は宮の玄関に着いたが、其処でおかしな事があった。
正確に言えば、おかしな物が置かれていた。
正方形の木の箱が玄関に置かれていた。
「誰か、あそこに箱を置いた?」
女官達の中で一番位が高い者が、共に来た女官達に訊ねたが、皆首を横に振った。
誰が置いたのか分からなかったが、とりあえず中を改める事にした。
「貴女、中を改めなさい」
「は、はい」
女官が共に連れて来て、一番位が低い者に箱を改める様に命じた。
命じられた者は嫌そうな顔をしつつも、命令という事で逆らう事が出来ず、しぶしぶ箱に近付いた。
そして、箱の蓋を取り、中を見た瞬間。
「・・・ぎゃあああああああっっっ⁉⁉」
蓋を持ったまま絶叫しだした。
「どうしたの?」
「いったい、何が・・・ひいいいっっっ」
同僚の女官達は絶叫をあげるので、何が入っているのか確かめだした。
近づいて、箱の中を覗くと、其処には人の首が入っていた。
髪は無く苦悶の表情を浮かべ、口元から血が垂れていた。
「ひ、ひいいい」
「で、でんか・・・・いやああああっ」
箱の中に入っていたのは、献帝の正后である伏皇后の生首であった。
後宮は一時騒然となった。
徐々に落ち着きを取り戻していく中、後宮の一室で献帝が報告を受けていた。
「なに? 皇后は生きていると?」
「はい。陛下」
上座に座る献帝は宦官からの報告を聞くなり、顔を顰めた。
「だが、皇后の生首が見つかったという報を受けているが?」
「それは作り物であったそうです。女官達の悲鳴を聞いた宦官達が宮の中に入ると、直ぐに殿下を見つけ生存している事が分かりました」
「作り物か。それ程、皇后に似ておるのか?」
「よくよく見れば違うと分かりますが、少し見ただけでは、本物の生首と思える程に精巧に出来ております」
「それ程か。見てみたい。持って参れ」
「はい。陛下」
献帝の命を受けた宦官は一礼し、その場を離れた。
少しすると、手に箱を持って戻って来た。
「こちらが、生首を似せた物にございます」
「・・・・・・成程。これは確かに」
何かの皮で作られた顔は、伏皇后にそっくりであった。
これで、髪の毛を着ければ本物と見間違えてもおかしくなかった。
「して、これはどの様に作ったのだ?」
「小麦で作った皮に動物の生肉を包んで、人の顔に整形したようです」
「この口元の血は本物か?」
「はい。その肉を使った動物の血と思われます。しかも、箱の裏には呪という字が書かれております。しかも血で」
宦官がそう言うので、蓋を返すと裏側に呪という字が書かれていた。
もう乾いているが、字の端が垂れているので、余計に怨念を感じさせた。
「・・・・・・しかし、いったい誰がこの様な事をした?」
仮にも一国の皇帝の正妃に、この様な嫌がらせをするなど、不敬であった。
直ぐに犯人を見つけて、この様な所業をした報いを受けさせねばと思う献帝。
「兎も角、直ぐにこの様な事をしでかした者を見つけ、何故したのか聞かねばならん。即急に捕まえよ」
「御意」
「皇后はどうした?」
命じるべき事を伝えた献帝は、伏皇后がどうしているのか訊ねた。
「それが、その・・・」
宦官はどういうべきか迷った顔をした後、重々しく口を開いた。
数日遅れて、曹昂の下にも此度の事での報告が届けられた。
「はぁ? 気が狂った?」
報告を聞くなり、曹昂は素っ頓狂な大声を出していた。
「はっ。自分の生首の作り物が見つかり、それを見るなり悲鳴をあげて倒れたそうです。暫くすると起きたのですが、正気を失っていたそうです」
気を失った伏皇后が目を覚ますなり、笑い始めた。
そして、狂笑ながら部屋の中にある物を壊し暴れ始めた。
お世話をしている女官達が止めても、なお暴れていた。
宦官が出て来て、強引に縄で縛って止めるまで、暴れ続けていた。
やがて、伏皇后が正気を失ったという話を聞きつけてか、伏完が訪ねてきたが、それでも正気を取り戻さなかった。
『死ぬ、わたしは殺される。首を切られる。一族の皆、全員、あはははは』
と呟いていたそうだ。
「無論、この事は公に出来ない為、陛下が口外を禁じたそうです。伏皇后は今も治療を受けているそうです」
「そうか。ご苦労。下がって良いぞ」
「はっ」
報告に来た三毒の者を下がらせると、曹昂は唸った。
「・・・・・・やりすぎたか?」
話を聞き終えた曹昂は独白した。
彼からすれば、ただの警告のつもりであった。
作り物の生首にしたのは、自分に似た物を見せつけられば恐怖すると思いしたのだが、予想以上の効果を出していた。
「これで、考えを改めてくれるかなと思っていたけど、まさか気が狂うとはな・・・」
作り物の自分の首を見ただけで、気が狂うとは思わなかったので、曹昂はこれからどうするか考えた。
「・・・・・・まぁ、これで良からぬ事を考えないから良いか」
正気で無くなったので、もうこれ以上は何もしないだろうと分かったので、曹昂はこれで良しと思う事にした。
後は荀彧殿に任せようと思い、伏一族について考えるのを止めた。