さて、どう逃げようか
単福の一行は何の問題も無く襄陽に辿り着いた。
出迎えてくれた蔡瑁に劉備からの文を渡した。
「そ、そうか。皇叔も急病に掛かったのか」
「はい。殿は大変残念がっておりました」
単福の言葉を聞いて蔡瑁は歯噛みしていた。
文には急病により、宴の席には参加できない。義弟の張飛を代理として出席させると書かれていた。
(っち、劉備め。また暗殺されるかもしれないと警戒したか?)
一度目の時の失敗がこうも尾を引くとは思わなかった蔡瑁は、気持ちを切り替える事にした。
(張飛を捕らえて、劉備に襄陽に来るよう図るか?)
以前、劉備が張飛を助ける為に曹操に降伏したとい話が聞いた事があったので、それと同じように捕らえるかと考え頷いた。
(少々予定は変わったが、確実に劉備を捕らえる事が出来るのだ。悪くないな)
既に東門には峴山の麓に一族の蔡和が、南門には蔡中が数千の兵と共に伏している。
北門は蔡勲が数千の兵と共に厳重に警備していた。
西門には檀渓が流れているが、劉表が船を出す許可をくれたので、甥の張允に数千の水軍を預けて警戒させていた。
(もはや、張飛は袋の鼠だ。後は酒をたんまりと飲ませて酔った所を捕まえれば良いだけだ)
蔡瑁の中ではもう張飛は捕まったものと思っていた。
浮かれている蔡瑁を単福は黙って見ていた。
やがて、宴が始まると上座には劉表の代理として長男である劉琦が座り、側の席には劉備の代理として張飛が座ってた。
劉表の代理として節句を祝う慶賀の文を読み上げ終わると、宴席に参加している者達に全員に酒が配られた。
「豊穣を共に祝える事に感謝する」
劉琦が一言言い、盃に口を着けると他の者達も酒を呷った。
そして、楽器が曲を奏でられ中、料理と酒が次から次へと宴席に参加している者達に振る舞われた。
「はははは、これは楽しいな~」
張飛は酒が沢山飲めると思い、料理を味わいながら酒を呷っていた。
自慢の虎髭が濡れるのも構わず飲み続けていた。
張飛が騒いでいるのをよそに、単福はそっと席を立ち宴席に居る者達の中の一人に目を向けた。
視線を感じたのか、その者は周りを見回すと単福が自分を見ている事に気付いた。
単福が宴席の場を出て行くと、その者も後に付いて行った。
単福が廊下を歩き、角を曲がり周りに誰一人いない事を確認した。
誰も居ない事を確認した後、その場に留まった。
少しすると、歩く音が聞こえて来た。
歩く音が段々と近づいて来た。そして、角に来ると足音を立てている者が単福を見つけた。
「おおっ、やはり徐福ではないか‼」
「久しいな。向朗」
単福に声を掛けて来たのは、先程宴席で見ていた者であった。
年齢は四十代前半で、口髭を生やしもみあげと顎鬚が繋がっていた。
理知的な顔立ちで、その顔立ちに似合うように知的な目を持っていた。
この者の名は向朗。字を巨達と言い、司馬徽の弟子の一人であった。
「お前、どうして皇叔に仕えているのだ? 風の噂では仇討ちで討ち取った者の親類から逃げる為に、各地を放浪していると聞いたが」
「ちょっとした縁というものだ。元気そうで何よりだ」
単福は向朗の手を取りながら仲良く話していた。
単福こと徐福は司馬徽の弟子であった為、二人は親しくしていた。
「それと今わたしは単福と名乗っている。今度からそう呼んでくれ」
「単福? ・・・ああ、単家(貧しい家という意味)の出だからそう名乗っているのか」
「そうだ。ところで、韓嵩はどうした? あやつも劉表に仕えていると聞いたが?」
同じ司馬徽の弟子で親しくしていた者が宴の席に居なかったので気になり訊ねる単福。
訊ねられた向朗は苦い顔をしていた。
「韓嵩は殿の御怒りを買ってな。今牢に入っている」
「なにっ⁉」
初耳であったので単福は耳を疑った。
「前々から殿は韓嵩の事を疎んじていた様でな。韓嵩が殿に曹操に降ろうという言葉に怒ったのか、官職を取り上げて牢に叩き込んだのだ」
「愚かな。先生の言う通り、劉表は仕えるに値しない者の様だな」
「まぁ、そう言うな。殿は知識人や学者を集めて学問を奨励するという事も行っているお蔭で、名士が集まり国を豊かにしてくれているのだから、無能ではないぞ」
「・・・・・・お主がそう言うのであれば、そうかもしれんが。わたしは好きになれんな」
友人が仕えている主君なので罵倒出来ない単福は溜め息を零した。
「話は変わるが、劉表殿は元気なのか? 病に罹ったと聞いたが」
「さて、わたしも詳しくは知らんが。其処まで重くはないらしい。しかし、不思議な事よ」
「不思議とは?」
向朗のその一言が気になり単福は訊ねた。
「此度の宴の主人は劉琦様なのだが、よく蔡瑁が許したと思ってな。蔡瑁の性格から考えると、次男の劉琮を主人にすると思ったのだがな」
「・・・・・・他に気になった事はあるか?」
「そうよな。警備がやけに厳重という事だな」
「厳重だと?」
「うむ。北門、東門、南門にまで数千の兵で守りを固めている上に、西門は檀渓が流れているのだが、水軍の船を浮かべて守りを固めさせているそうだ。これは例年にない程に警備が厳重になっているな」
「警備が厳重になっているか。・・・・・・そういう事か」
向朗の話を聞いた単福は暫く考えた後、その答えが分かり納得していた。
「何か気になる事でもあったのか?」
「いや、何でもない。では、宴の席に戻ろうか」
「うむ」
単福は向朗に宴に戻ろうと促した。
二人は廊下を話しながら歩いていた。
単福は歩きながら、蔡瑁が何を考えているか分かり考えていた。
(やはり、此度の宴の席は殿の暗殺を狙っていたか。水軍を用意しているという事は、恐らく劉表も容認している様だな。此処から、どうやって逃げ出そうか)
単福は頭の中で、これからどうするか思案していた。
本作では向朗は160年生まれ、単福こと徐福は170年生まれとします。




